臨床薬理研・懇話会2020年6月例会報告(NEWS No.539 p02)

臨床薬理研・懇話会2020年6月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第58回
「コンパッショネートユース」臨床論文は何をもたらすか

2020年4月11日、日本経済新聞電子版にワシントン=共同通信発信で、新型コロナ治療剤の有力候補となっているレムデシビルについて、次の見出しの記事が掲載されました。

“エボラ薬、新型コロナ重症者の7割 改善 「見込みあり」”

レムデシビルを新型コロナウイルスの重症感染者に投与した初期研究結果を、日米欧などの国際チームが米医学誌に4月10日発表したとの記事です。

今回は、この話題となった論文を取り上げました。

Grein J et al. Compassionate Use of Remdesivir for Patients with Severe Covid-19.
N Engl J Med (NEJM) 2020; 382:2327-36.

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2007016

「コンパッショネートユース」とは本来、臨床試験に参加できない重篤な疾患の患者に、人道的な観点から未承認薬へのアクセスを例外的に可能とする制度です。その限られた目的から臨床試験と比較して規制が格段に緩やかになっています。しかし、医薬品の有効性確認に必要なランダム化比較臨床試験(RCT)を行わず、このコンパッショネートユースデータなどのリアルワールドデータ (リアルワールドエビデンス)を用いようとする製薬企業などの動きが強まり、EBMを脅かしています。

この問題は以前シリーズ第28回 (2017.7)で取り上げました。

臨床試験に替えて安易な情報収集に使われる「コンパッショネート使用」
http://ebm-jp.com/2017/12/news-505-2017-09-p02/

有力医学誌NEJM誌がこのような「コンパッショネートユース」のもとで収集された臨床論文を掲載するのはおそらく前例がなく、学界などで大きな話題を呼びました。新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の患者が中国武漢で発生したのは2019年末です。この臨床論文がNEJM誌電子版に掲載されたのは2020年4月10日です。2020年1月25日から3月7日までにコンパッショネートユースのもとでレムデシビルの投与を受けたCOVID-19患者についての報告です。投与終了1か月後にはもう原著論文としてNEJM誌電子版に掲載されるという猛スビートです。

なおこの後2020年4月29日に、レムデシビルのプラセボ対照二重遮蔽 (盲検)ランダム化比較臨床試験の結果が主宰したNIHによりプレスリリースされています。5月22日には速報論文がNEJM誌電子版に掲載され、続いて本論文のNEJM誌掲載が近く予定されています。

このコンパッショネートユース(人道的使用)論文は、COVID-19で入院中の患者53例にレムデシビルが提供されています。感染が確認され、室内気で酸素飽和度94%以下であるか、酸素療法中の患者が対象です。レムデシビルは10日間のコースで、1日目に200mgを静脈内投与し、残りの9日間は1日100mgが投与されました。ベーラインの時点で30例 (57%)が人工呼吸管理を受けており、4例 (8%)が体外式模型人工肺 (ECMO)を装着していました。追跡期間中央値18日間に、36例 (68%)で酸素療法の状況が改善し、人工呼吸管理を受けていた30例では17例 (57%)が抜管に至りました。25例 (47%) が退院し、7例 (13%) が死亡しました。死亡率は侵襲的人工呼吸管理を受けていた患者で18% (34例中6例)、侵襲的人工呼吸管理を受けていなかった患者で5% (19例中1例)でした。

著者たちは、「重症COVID-19で入院中にコンパッショネートユースとしてレムデシビルの投与を受けた患者群において、53例中36例 (68%)で臨床的改善が認められた。有効性の評価は、現在進行中のレムデシビル療法のランダム化プラセボ対照試験で行われる予定である。(ギリアド・サイエンシズ社から研究助成を受けた)」と結論しています。

この論文に対し2020年5月15日 、同誌電子版に「サンプルサイズが小さく重症度などのばらつきが大きい」「対照群なしでは効果はわからない。有害事象出現の高さもレムデシビルだけが原因かわからない。ランダム化比較臨床試験が必要である」「この論文は有効性安全性が証明されていないものについて、過度の期待を煽る」など4通の批判が掲載されました。

同時に著者たちの回答として、「データの再検討はしてみるがレムデシビルが臨床的な益を与えるという評価が変わるとは思わない。いくつかの批判は、サンプルサイズの小ささ、対照群の欠如、取られていない臨床データ、フォローアップの不十分さという、われわれの研究の限界についてのものである。これらの限界はすでに論文で述べているように、このコンパッショネート・プログラムの性格と急がれたことに由来するものである」が掲載されました。

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2015312?query=RP

またこのやり取りとは別に原論文の共著者が、「コンパッショネートユースのデータがなぜ重要か、5つの理由」という論説をSwiss Medical Weekly誌電子版に2020年5月4日に掲載しています。

https://smw.ch/article/doi/smw.2020.20265

5つの理由は、

1) 無いよりもまし。対照群がなくともなにがしらの情報を提供している、
2) 科学論文の主な読者は市民でなく、ヘルスケアと研究のプロフェッショナルである。結果の確定を待つことなく、判断の手がかりを与えることは重要である、
3) ランダム化や対照群との比較ばかりが研究でない。観察データとhistorical cohortsとを比較して考察することは未来に向かっての最も重要なトピックである、
4) コンパッショネートユースデータの出版が、適切に行われたRCTデータの土台を崩すことはない。複数のRCTの結果が不連続な場合にコンパッショネートユースデータは有益な情報を与える、
5) コンパッショネートユースデータはRCTに含まれなかった患者に対する多くの情報を与える、となっており、多様な情報を総合し判断することが重要であるとしています。

当日の討論では、1) 「人道的」を理由としたコンパッショネートユースの拡大により、有効性安全性の確認に必要なRCTを切り崩す方向が顕著になっている。RCTのデータがとられたあとコンパッショネートユースのデータが記録され利用されること自体は有益であるが、まず第一にコンパッショネートユースの規制が必要である、有効な手段はないのだろうか、2) 今回のマスコミの「新型コロナ重症者の7割改善」の見出しはひどい。使いたい医師と患者を根拠なく煽っている。スマホなどの検索でこのような目に着く見出しが競われており、監視が必要である、3) これまで添付文書に「コンパッショネートユース」臨床成績が掲載されることはなかったように思われる。レムデシビル(商品名ベクルリー)添付文書では非常に大きなスぺースをとって掲載されている。臨床試験を無くし観察研究データ(リアルワールドエビデンス)にしたいという製薬企業の戦略に関連して、警戒が必要でないか、などの意見が出されました。

薬剤師 寺岡章雄