臨床薬理研・懇話会10月例会報告(NEWS No.542 p02)

臨床薬理研・懇話会10月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第61回
パンデミックのもとスピード感を持って求められる臨床エビデンス生成の質とその報告のあり方

新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)のもとで、治療剤の研究文献が洪水のように出版されています。しかしそのほとんどは対照群とのランダム比較がされておらず、少人数のデータで、診療方針の決定に利用できるのは「わずかに6%に過ぎず」、臨床試験のあり方が問われています(米国FDAのウッドコック氏の指摘)。

このまさに痛切な課題を、インフルエンザA(H1N1)パンデミック2009での教訓から真正面から論じた興味ある文献です。英国オックスフォード大学とオーストラリアの著者たちによる論文です。

Rojek AM et al. Compassionate drug (mis)use during pandemics: lessons for COVID-19 from 2009. BMC Medicine 2020. https://bmcmedicine.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12916-020-01732-5

時宜を得た重要な内容と考えますが、部分的には疑問を生じた記載があります。「インフルエンザパンデミック2009では、その使用を支持する適切な安全性有効性データが無いにもかかわらず、抗ウイルス剤ノイラミダーゼ阻害剤に関心がもたれた。このエビデンスはその後強化されてはいるが、それはパンデミックが終わってから生成されたものである」と書かれています。しかしエビデンスがその後強化されたとしていいかの疑問です。

著者たちはパンデミックの下で求められる臨床エビデンス生成の質とスピード、報告のあり方について教訓を得る目的で、インフルエンザパンデミックA(H1N1)pdm09 (以下pdm09と記載) に対する出版物の統計的分析システマティックレビューを行いました。パブメドで患者の治療について記載されたすべての臨床データ (臨床試験、観察研究およびケースシリーズを含む)について調べるとともに、ClinicalTrials.govで患者の登録を目的とする研究について調べました。結果は、pdm09で入院した患者のための33869の治療コースが160の出版物に記載されていました。そのほとんどが後ろ向きの観察研究もしくはケースシリーズでした。592例の患者が治療 (またはプラセボ)を、結果が公表された登録された介入臨床試験の参加者として受けていました。しかし、これらの介入試験の結果はpdm09の流行中には出版されず、出版は公衆衛生緊急事態が終わってから中央値で213日後でした。

著者たちは、このシステマティックレビューの目的は、pdm 09の最中にその薬物治療のために役立つデータが得られたかを研究することにあるとしています。pdm09患者の診療にあたる医師たちに必要なのは質の高いエビデンスを示すデータで、それらはpdm09の流行中に医師たちに伝達される必要があると述べています。

出版された文献からの所見では、レビューは160論文を含みます。pdm09入院患者39577例と33869の治療コースが含まれます。12の異なった治療が用いられ、オセタミビルが最多でした。含まれた160論文のうち2つが介入試験 (n=73、報告された患者の0.2%に相当)でした。28は前向きの観察研究 (n=6102、15.4%相当)、129は後ろ向きの観察研究ないしはケースレポート (n=33342、84.2%相当)、1つは前向きと後ろ向き両方の患者を含んでいました (n=98、0.2%相当)。

前向きの研究の早期開始は、感染症が衰退する前に目標とするサンプルサイズ達成の可能性を最大にします。しかしpdm09が確認されてから前向きの観察研究が開始されるまで中央値で102日、2つの臨床試験の開始までは244日と275日かかっています。

出版日については、2つの介入研究のいずれも WHO が公衆衛生緊急事態 (PHEIC: Public Health Emergency of International Concern) の終了を宣言してからの出版です。前向き観察研究の 25% (7/28)、後ろ向きの観察研究またはそれらの複合の観察研究の 22% (28/130) の文献がPHEICの終了までに出版されています。米国、中国、スペインなど32か国が治療データを報告しました。論文の 23% (36/160) が治療時の有害事象を記載しています。症例の 42% が有害事象または重度の有害事象を示しています。耐性について調べた文献は 13% (21/51) でした。

H1N1トライアル登録からの所見では、15のH1N1研究登録記録がレビューに含まれています。10が介入研究、5つが観察研究です。観察研究の2つが治療効果アウトカムを、3つが general acute clinical outcome を記載しています。

著者たちは、パンデミックでの研究が部分的 (fractured)であり、時期遅れ (delayed)であるとの批判があるが、この論文のように具体的な数字で示したものはほとんどないとしています。この研究はpdm09の入院患者で33000治療コースが存在したにもかかわらず、ピアレビュー文献における登録された介入研究で治療剤 (またはプラセボ) を投与しているのは、「33000治療コース中600以下」であることを示しています。そしてわずかの観察研究においては存在するものの、結果がパンデミック期に得られたものは、登録された介入臨床試験では皆無でした。総じてこのことは質の高いデータの収集に失敗したことを示しています。

この所見は、Covid-19を含むパンデミックの期間内に、エビデンスに基づく患者ケアを臨床医が提供するためには改善が必要なことを証明しました。著者たちは次のように述べています。pdm09の教訓を汲み取り、治療剤の臨床試験は将来の実地診療に役立つ質の高い説明可能なデータの収集を可能とする条件下で行うのが肝要です。アダプティブ (適応力のある)デザイン、プラットホームトライアルのような新しいトライアルデザインが研究促進のために用いられるべきです。実際に、Covid-19治療剤のための2つの大規模なプラットホームトライアルが進行中であり (英国のRECOVERYと WHOのSOLIDARITY ) 、これらはすでに質の高いエビデンスを生成しています。

出版の遅れを最少にするための改善策 (initiatives) も原稿の迅速 (fast-track) レビューを含め活発に試みられつつあります。このアプローチはCovid-19パンデミックの最中にジャーナルによって広く用いられつつあります。まだその評価の確立にはさらに検討が必要ですが、メドアーカイブ (medRxiv) のような pre-publication servers (出版前サーバー) の利用が増加し、プレプリントに対するいくつかの速やかなオープンのピアレベルプラットホームが発達するなど、注目される動きがあります。

薬剤師 寺岡章雄