臨床薬理研・懇話会2020年11月例会報告(NEWS No.543 p02)

臨床薬理研・懇話会2020年11月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第62回
COVID-19におけるステロイド剤の有効性安全性

COVID-19のもとで安価なステロイド剤デキサメタゾンが大規模なランダム化臨床試験(RCT : RECOVERY)で有効性が実証された世界初の薬剤となりました。さらにステロイド剤が奏功する患者や投与時期などの問題が残っているようです。その後同じCOVID-19入院患者に対するメチルプレドニゾロン (MP) 投与によるプラセボコントロール試験で、RECOVERYとは「矛盾」した結果の論文が出版され、NEJMジャーナルウオッチ (2020.9.9)が「COVID-19におけるステロイド使用: 議論が続く」のタイトルで紹介しています。今回はこの新規論文を題材にしました。

Jeronimo CMP et al. Clin Infect Dis 2020 Aug 12; [e-pub]. (Metcovid トライアル).
https://doi.org/10.1093/cid/ciaa1177 フリ—オープンアクセス

ブラジル、マナウスの3次医療施設におけるRCT で、COVID-19 が臨床的、疫学的、レントゲン像で疑われる18歳以上の入院患者が対象です。患者は1日2回 MP (0.5mg/kg)またはプラセボ (生理食塩液) のいずれかを5日間静脈注射で投与されるよう、1対1の比率でランダムに割り付けられました。主要アウトカムは28日間の死亡割合です。治療の遅れを避けるために割り付けを急ぎ、その後判明した臨床検査結果にかかわらず、すべての患者について ITT 解析を行っています。

2020年4月18日から6月16日までに647例の患者がスクリーンされました。416例がランダム化割り付けされ、393例がITT解析の対象となりました。194例が MP に、199例がプラセボに割り付けられていました。SARS-CoV-2 感染は81.3% で、逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により確認されました。

結果は主要アウトカムの28日間の死亡割合が2群で変わりませんでした。サブグループ解析では、MP群において60歳以上の患者が28日間の死亡の割合が低い結果でした。MP 群の患者がインシュリン療法をより必要な傾向にありました。また7日後までの呼吸器分泌物におけるウイルス消失は2群で差がありませんでした。

このように、主要アウトカムではCOVID-19 の入院患者において 、MP 静脈注射の短期コースが患者母集団における生存の割合を改善するエビデンスがみられませんでした。しかし、サブグループ解析は MP を投与された60歳以上の高齢患者における死亡の割合を低くすることを示していました。またこれらの患者は高いCRP 値が示すように、全身の炎症状態が顕著でした。著者たちはこのことが以前市中肺炎のトライアルで観察されたように、このグループでステロイドに対する反応が良好なことを説明するかもしれないとしています。著者たちは、RECOVERYが固定用量であるのに対し、 Metcovidは体重依存用量 (0.5mg/kg ) であること、デキサメタゾンの生物学的半減期が36-54時間であるに対し、MPは24-36時間で半減期が短く、コルチコステロイドのバイオアベイラビリティはデキサメタゾンが高いこと、RECOVERYは1日1回10日間投与であるのに対し、Metcovidは1日2回5日間投与で投与期間が短いこと、1日当たりのコルチコステロイド総量ではMetcovidが多いこと、などからRECOVERYとMetcovidとの結果の違いは説明可能かもしれないとしています。そして、Metcovidの60歳未満の患者では炎症が少なく、それゆえ重症の患者ではMPの害が現れやすかったと考えられ、これはRECOVERYにおいて酸素補給を受けていない患者でデキサメタゾンを用いた時に死亡の割合が増加することに対応した所見であるとしています。

なお、JAMA誌の論説(JAMA 2020; 324(13): 1292-5 「COVID-19 急性呼吸促拍症候群 (acute respiratory distress syndrome: ARDS) におけるコルチコステロイド パンデミックの真っただ中でのエビデンスと希望」は、現状についてCOVID-19 の重篤患者 (critically ill patients) でステロイドに便益があるのは確かだとしても、個々の患者がステロイドを処方されるべき正確な閾値はまだ不確かであるとしています。また比較的重症度が低く (milder acute illness) せん妄や2次感染の害作用のリスクを増加させる併存症のある患者が、コルチコステロイドから害を上回る便益を得られるかは、まだ解決されていないのでないかとしています。

当日の例会には薬のチェックの浜六郎さんがズーム参加され、Metcovidの結果はRECOVERYと矛盾するものではないことなど、詳しい解説をいただきました。以下に概要を記載します。これらの前半については、すでに薬のチェック No.91 (2020年9月) COVID-19情報デキサメタゾン「ステロイド剤デキサメタゾンが重症者に効果? “補充用量”で副腎不全例に効果、軽症例には有害」(薬のチェック編集委員会) に掲載済みです。ウエブサイトでもフリ—オープンアクセスで読めます。No91-f06.pdf (npojip.org) (p114)。後半については次号の COVID-19情報に「ステロイド補充療法:重症例への救命効果は新規試験結果では覆らない」(仮題) として掲載予定で、期待したいと思います。

ステロイド剤、“補充用量”で副腎不全例に効果、軽症例には有害

従来、敗血症性ショックの患者、特に副腎不全に陥っている患者に対して、不足しているステロイドを 短時間作用型ステロイド(ヒドロコルチゾン)で補充する療法は確立した療法で、それとおおむね合致する結果。COVID-19 の軽症例や、ある程度重症でも副腎不全のない例では、不足分以上の大量のステロイド補充療法は害があり、誤解のないよう注意。感染初期は体の免疫力 (防御機能) を総動員してウイルスを減らすことに集中が必要。その時に免疫反応、炎症反応をステロイド剤で抑制するとウイルスが減らなくなる。RECOVERY試験の人工呼吸器群の多くは副腎不全例であろうと推察される。

ステロイド補充療法: 重症例への延命効果は新規試験 (Metcovid) 結果では覆らない

Metcovid試験のデータにRECOVERY試験の結果を加えて総合解析すると、両試験の死亡減少 効果には異質性がない。Metcovid試験 (重症例321人が対象)は、RECOVERY試験 (重症例4890人が対象)に比べて、対象者数が10分の1にも満たない小規模の試験であったために、有意な結果が得られなかったということで両者は矛盾しない。なお、Metcovid試験では補充用量の約2倍が用いられている。COVID-19重症例にステロイド剤を用いたRCT のシステマティックレビュー (WHO REACT working group. JAMA 2020; 324(13): 1330-41) によれば2倍の高用量では効果が減弱し、RECOVERY試験で用いられた「補充用量」が適当である。

薬剤師 寺岡章雄