臨床薬理研・懇話会2020年12月例会報告(NEWS No.544 p02)

臨床薬理研・懇話会2020年12月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第63回
COVID-19におけるステロイド剤の有効性安全性 その2

COVID-19におけるステロイド剤の有効性安全性についてはまだ評価が確立されていない状況があります。前回例会で浜六郎さんから、軽症例には有害、重症例で副腎不全のある症例に「補充療法」としてステロイドを用いた時に有効であり、補充療法の2倍量使用でも有効性が低下するとのお話を伺いました。これは敗血症性ショックのステロイド治療と共通性があるとのことでした。

今回はこの敗血症性ショックのステロイド治療の文献をとりあげました。

Annane D et al. Effect of treatment with low doses of hydrocortisone and fludrocortisone on mortality in patients with septic shock.  JAMA 2002; 288(7): 862-71.

敗血症性ショックとは、感染の徴候が存在する全身性炎症反応症候群である敗血症で、適切な体液量の改善を図っても循環動態の回復が得られない時と定義されています。この文献が2002年に出版された時点で、敗血症性ショックは相対的 (relative) 副腎不全との関連が考えられており、それゆえに低用量のコルチコステロイドの補充療法 (replacement therapy) が敗血症ショックの治療に提案されていました。このため、この論文の臨床試験が行われました。

著者たちは通常の敗血症ショックの基準を満たす300例の成人患者に、あらかじめコルチコトロピン (副腎皮質刺激ホルモン) テストを行い副腎機能不全があるかを調べ、副腎機能不全がある患者とない患者を均等に割り付けるよう工夫したランダム化臨床試験を行い、低用量のコルチコステロイドが28日後の生存を改善するかを調べました。1995年10月9日から1999年2月23日までにフランスの19の集中治療室で行われたプラセボコントロールランダム化二重遮へい並行群間試験です。患者は低用量のコルチコステロイド (6時間ごとのハイドロコルチゾン50mg静脈内ボーラス注射+1日1回フルドロコルチゾン50㎍錠内服) (n=151)またはそれらに対応するプラセボ (n=149) のいずれかを7日間受けるようランダムに割り付けられました。プライマリーアウトカムは28日間生存分布です。

結果は、副腎機能不全がある患者にはステロイド剤が有効でしたが、副腎機能不全がない患者には効果がありませんでした。副腎機能不全がある患者が229例 (プラセボ115例、コルチコステロイド114例)、無い患者が70例 (プラセボ34例、コルチコステロイド36例) 存在しました。副腎機能不全がある患者において死亡者はプラセボ群73例 ( 63%)、コルチコステロイド群60例 (53%)でした。Cox モデルを用いて推定したハザード比は 0.67でした (95%信頼区間 0.47-0.95; P=0.02)。1人の生命を救うために治療に必要な患者数は7例 (95%信頼区間 4-49) でした。副腎機能不全が無い患者では、生存曲線が交差し均衡の仮定 (proportionality assumption: 生存曲線のどの時点でも比例した関係が成立しているという前提)が崩れ、log-rank test で行われた生存頻度の比較はP=0.81で有意ではありませんでした。有害事象の割合は低用量コルチコステロイド群とプラセボ群で変わりませんでした。著者たちは、「われわれの臨床試験において、敗血症ショックに加えて相対的副腎不全のある患者で低用量コルチコステロイド7日間投与の治療は有害事象の増加無しに死亡のリスクを有意に減少させた」と結論しています。

当日のディスカッションは、参加者からCOVID-19 におけるステロイド剤治療の位置づけや投与時期などに関して素朴な疑問が出されたことも契機に、活発な議論がありました。ズーム参加された浜六郎さんから丁寧な解説をいただきました。その一部を下記に記します。また群馬からズーム参加された本沢龍生さんから、ステロイド剤治療の位置づけについて「COVID-19 におけるステロイド治療は感染症の治療という観点で見ない」との視点をもつことが理解に役立つのでないかとのエクサイティングな問題提起をいただきました。

  • COVID-19 におけるステロイド治療は「補充療法」という点がポイントと考えられる。しかしこの考え方はまだ定着していない。ステロイドが効くのは過剰な生体の防衛反応である「サイトカインストーム」を抑えるためと考える人が主流でないか。⇒ショック状態では副腎をフルに働かせて生命を維持しようとしているが自前のステロイドが枯渇していると生命維持に支障をきたす。サイトカインストームを抑えるためでなく「補充療法」として用いるのが重要である。今回のAnnane論文の序文に「サイトカインカスケードを特異的なターゲットとして開発されたさまざまな医薬品は患者の生存延長に失敗した」と明記されているように、このことはむしろ決着がついていると考える。
  • COVID-19の重症患者に補充療法のコルチコステロイドが有効ということがCOVID-19の病態生理に持つ意味は何か。⇒COVID-19の重症患者はおそらく、潜在的な相対的副腎不全があると推定されるため補充が有効と考えられる。COVID-19で自前のステロイドが枯渇し副腎不全となる機序は敗血症性ショックと同じと考えられる。
  • サイトカインストームとの関係で投与時期との関係は ⇒感染症初期にステロイド剤を用いるとNSAIDs同様、サイトカインストームをむしろ招き、予後不良になる。
  • COVID-19でコルチコトロピン (副腎皮質刺激ホルモン) テストを行い副腎機能不全があるかを調べるのは意味があるか ⇒コルチコトロピンテストには全身アナフィラキシーの危険があること、副腎不全の無い患者に補充療法の低用量のステロイドを与えても、効果がなくとも大きな害をもたらすわけでないので、緊急事態で先を急ぐ中でコルチコトロピンテストを実施する必要は無いと考える。

COVID-19のステロイド剤治療に関しては、今後新たなエビデンスを示す臨床試験論文が出版されれば、また取り上げたいと考えています。

薬剤師 寺岡章雄