いちどくを この本『「延命効果」「生活の質」で選ぶ。 最新 がん・部位別治療事典』(NEWS No.545 p07)

『「延命効果」「生活の質」で選ぶ。 最新 がん・部位別治療事典』
近藤 誠 著
講談社 2000円+税

以前この欄で近藤誠氏の「健康診断は受けてはいけない(文春新書 ‘17年2月刊)」を紹介しましたが、その後同書で特記されていた論文「なぜこれまで一度も、がん検診による救命が示されていないのか(和訳:近藤誠氏、BMJ 2016; 352: h6080で検索可能)」をも「文献紹介」の欄で取り上げました。最近、この論文を厚労省健康局長であった佐藤敏信氏が自身の著作「THE 中医協 (‘19年1月刊)」で根拠文献として言及していることを医問研の林敬次氏より情報提供して頂きました。

佐藤氏によると「近年は特定健診やデータヘルスなどの言葉が先行して、予防を推進する動きが『再』加速している。しかし、最新の研究によれば、こうした予防の効果は、健康そのものの改善という点でも、また医療経済の点でも、かなり限定的である可能性が高い。」続いて「最新の研究」の例として先述の論文の研究結果を述べ、がん検診効果に否定的な解説を加えています。

一方、私が40年近く加入している生協(生活協同組合)では、数年前から「組合員価格」でがん検診を受けられますとの宣伝チラシが入るようになりました。申し込みは掲載されている医療機関の申込番号を選んで商品注文書に記入します。

またマスコミ等で知名度の高い中川恵一氏(東大病院放射線治療部門長)は一般紙のコラムに’20年11月「コロナが流行していても定期的な検診を欠かしてはいけません」、年明けの4日には「コロナにばかり関心が集中すると、『がん』という、より大きなリスクを抱え込むことになってしまいます」とのメッセージを発信しています。

では、何を根拠に「がん」との病名になるのでしょうか?「がん」とは、ブリタニカ国際大百科事典では「生体内の細胞が異常かつ無制限に増殖する病気」とあり、国立がん研究センター がん情報サービス「知っておきたいがんの基礎知識」では「がん(悪性腫瘍)」として、「異常な細胞が周りに広がったり(浸潤)、別の臓器へ移ったり(転移)して、臓器や生命に重大な影響(悪液質)を与えるもの」と説明しています。

では、「異常な細胞」と誰が決めるのでしょうか?本書では「がんを疑う病変から『組織』を採取し、『病理医』という専門職が顕微鏡で見て『がん』とされます」とあります。

「(この様にして診断された)がんをほっておいたら、大きくなって全身に広がる、がんとはそういうものと僕は思う」と話した内科医がいましたが、先述の中川氏もコラムで「がん細胞は患者の栄養分を横取りしながら数を増やし続け、患部が手狭になると、別の臓器に転移します」と書いています。

「がん」についての、この様な認識と違い、本書では「病理医が『がん』と診断したなかに、タチの良い病変が含まれています、転移しないがんを『がん』と呼ぶのは不適当です」とあります。そして「転移能力」を得たがん細胞の転移時期に関する文献を3件紹介しています。

*癌の臨床1981;27:793 第18回日本癌治療学会総会特集「癌の時間学(草間悟)」:乳がん66例の大部分のケースでは、初発病巣が1mm以下の時に転移。(国立国会図書館デジタルコレクション)
*Nature 2016;540:552、同588 「(乳がんの)がん細胞が生まれて間もなく転移し始めること」を確認した2件のハツカネズミでの実験。
*N Engl J Med 2017;376:2486 上記の実験結果より「乳がんにおける転移のタイミング」は「早期の無症候性段階で起こりえる」としている。

がん診療に携わる放射線治療医として「日本のがん治療の全般的な変革を目指し」てきた著者は、2013年「がんのセカンドオピニオン外来」を開設し、7年間で約1万人近くの患者さん達に関わった「蓄積」にも基づいて、’20年4月に本書を上梓しました。

「患者よ、がんと闘うな(1996年)」「あなたの癌は、がんもどき(2010年)」などの著書名から、もっぱら「がん放置療法」を推奨していると思われがちですが、著者は「どうしたら患者さんが『いちばんラクに安全に長生きできるか』を目的として、治療すべきケースには治療を勧める『是々非々』治療の提案」としています。

「かかりつけ医」から紹介されて受診した(いわゆる)大病院で「がん診断」と「標準治療」の説明を受けたとき、がん専門医でもない者はどんな質問ができるでしょうか?

著者は「治療方針を決めるのは、患者さんの権利」「標準治療にとらわれず、延命効果のある治療を選ぶために」「がんをよく知らないまま治療をしない」ために、最近の臨床試験結果にも基づいて、がんについて学ぶべきことを強調しています。

「延命効果があり」「生活の質(QOL)」を落とさず生きられる道を選択するためにも手元に置いて参考にしたい書物です。

小児科医 伊集院