国連科学委員会2020年報告 周産期死亡率増論文などへの全くの非科学的批判(NEWS No.547 p06)

3月9日、国連科学委員会UNSCEARは、福島原発事故10周年に当たり、2020年報告1)を発表しました。その中で、Hagen Scherb氏と私たちの周産期死亡2)と甲状腺がん3)が増加したとの2つ論文を紹介しています。チェルノブイリ事故後の健康障害を甲状腺がんしか認めなかった、非科学的とはいえ「国連」の名を冠した委員会が、低線量被ばくの障害性を明確に証明した我々の3論文2)3)4)のうち2論文を、福島原発事故10年をまとめる文章に引用したわけです。これは、原発推進派にとって、世界の国・学者や市民が我々の研究により、福島原発事故の健康破壊を知ることを恐れているものと考えらえます。

今回は、2020報告書でのP94 ;231項’various adverse pregnancy outcome’「様々な有害な妊娠結果」に関して報告します。なお、甲状腺がんに関しては長文の批判がされていますので、詳しく検討した後に報告します。

周産期死亡が増加したという我々への批判がこの項目の中心であり、全体の3分の2を占めています。我々2)とコルブレイン氏の論文5)を紹介して、周産期死亡がそれぞれ15%と10%増えていると報告しているとしています。しかし、後者は「非放射線要因が原因である可能性があることを認めました。」などと、その意義を低めようとしています。両論文の関係については、後者の論文に対する我々の「Comment」6)で2つの論文は対立するものでなく、原発事故以後に周産期死亡が増加し続けていることを証明し合うものであることを示しています。

結局、国連科学委員会は我々の論文に対する具体的な批判点は何も明確にすることができず、「周産期死亡率の10-15%という大幅な増加は、推定実効線量が0.2から4.3mSvしかないことを考えると、もっともらしいとは見なせません。」というドグマに逃げ込んでいます。

この見解は、これまでの世界の研究が示している低線量被曝の障害性を全く無視して、「低線量では障害が出るわけがない」とした上で、低線量被曝で出現した具体的な害を否定する非科学的論理です。我々の論文は「日本政府が作り、長年公表しているデータ」を基に、厳密な統計的手法で周産期死亡が増加していることを証明しているが、それを論破できないための手段です。

また、同報告書は、「死産または早産の場合、発生率が上昇することはありませんでした。」とし、その根拠として2010年8月—11年7月に母子手帳を交付された福島県の妊婦へのアンケート調査結果を報告しFujimoriらの論文7)を引用しています。

しかし、我々は昨年3月掲載の「低出産体重児LBW」の論文4)で、Fujimori論文の疫学・統計学の基本的な間違いを以下の様に指摘しています。

「この研究では、福島県の中西部の5つの地域と比較して、いわき地域と相双地域の2つの最東部地域を合わせたLBW比率の増加が記録されている:(その増加の)オッヅ比OR は1.163、p値0.0723(で後者の方がLBWの比率が高い傾向だった。)この観察結果は、いわき地域と相双地域の死産率がOR 1.923、p値0.1321と増加していたことによりさらに裏付けられています。この研究のアンケ—ト回収率は60%未満であり、より長い期間のより大きな集団で調査すれば統計的有意な結果が得られる可能性があります。」要するに、この論文は増加を否定するものでなく、もう少し調査対象者を多くすれば、むしろ「LBW」も「死産率」も統計的有意な増加を示唆するデータなのです。国連科学委員会はこんな初歩的なごまかしで健康障害を否定するのです。

また、Fujimoriら7)は全福島の先天性形態異常は2013年で8672中236で2.72%(95%信頼区間2.38-3.06%)とのデータを明示しています。同論文によれば、全日本の2010年のその率は2.31%ですから、福島県では全国平均より高いことになり、決して増加を否定するものではありません。

低出生児体重児が増加していることは、前述のように、すでに昨年3月に発行された我々の低出生体重児の論文4)で証明していますが、それを無視しています。前述したように、その論文は、UNSCEARが増加を否定する根拠にあげているFujimoriらの論文7)に対する明確な批判が載っているからかもしれません。停留睾丸に関しては、村瀬香氏の停留睾丸が原発事故後に増加したという論文8)を否定するために、福島医科大学の雑誌に23pにもの論評9)を載せ、それを根拠に否定しています。

周産期死亡・低出生児は原発事故で増加しており、その他の妊娠・出産に関連する異常が増加した可能性が大だと考えられ、それらを明確にする多くの分析が待たれます。

はやし小児科 林

〈文献〉

1)http://www.unscear.org/unscear/en/publications.html.
2)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5044925/
3)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6750239/
4)https://doi.org/10.1186/s12940-020-00630-w
5)Perinatal mortality after the Fukushima accident: a spatiotemporal analysis – IOPscience
6)J.Radiol.Prot.39(2019)647-649
7)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fms/60/1/60_2014-9/_article
8)https://www.goldjournal.net/article/S0090-4295(18)30450-3/fulltext
9)Fukushima J. Med.Sci vol.65, Np3 2019