いちどくを この本『コロナ禍の臨床を問う』(「こころの科学」Special Issue)(NEWS No.547 p08)

『コロナ禍の臨床を問う』(「こころの科学」Special Issue)
井原裕、斎藤環、松本俊彦 監修
日本評論社 1600円+税
2021年2月15日刊行

新型コロナウイルス感染症COVID-19の感染拡大は世界規模で人々に大きな影響を及ぼしている。
保健福祉医療の現場で働く対人援助職はCOVID-19をめぐる深刻な当事者であるが、コロナ禍で身体や心に触れてケアをする仕事を続け、それに慣れてきているということ自体が外傷的だったともいえる。
パンデミックは、高齢者や基礎疾患のある人、社会経済的に不安定な状態にある人など、脆弱性をもつ人々に対して特に大きな影響を与える。また、社会全体の緊張が高まり、不満や怒りが暴発しやすい。
この特集号は、精神保健福祉医療の現場や当事者が強いられている困難や、当事者がどのように新たに状況に適応しようとしている苦闘についての、様々な現場からの2020年終盤時点での報告集である。
特徴的な報告を2点とりあげて紹介する。

「子どもたちにとってのコロナ禍の風景」では、子どもと大人が生きていくための安全性の基盤が脅かされている現状を述べている。
2020年1月から6月に全国の児童相談所に寄せられた虐待件数は前年度より速報値で10%程度増加したが、例年の増加幅が20%前後であり、むしろ虐待が潜在化していることが推測される。
休校措置によって子どもたちから日常のルーティーン活動や家族以外の大人による見守り、厳しい家族環境からの逃げ場が失われたというのが問題であって、コロナ禍で子どもたちのメンタルヘルスに生じた問題は過度に医療化されるべきでないと提起している。

「コロナ禍における薬物依存症支援」では、薬物依存症は「孤立の病」あり、回復には支援者や仲間とのつながりが重要なのだが、COVID-19感染拡大防止のためにそのつながりが危機に瀕していることを紹介している。
薬物依存症からの回復にはNAという自助グループの存在が極めて重要だが、「3密を防ぐ」名目でNAミーティングができなくなった。
覚醒剤依存症者の場合、一人でこもり続けること自体が薬物渇望を刺激する引き鉄になるが、「ステイホーム」が家庭内を過剰に密にして家族内葛藤を促進し、「居場所のなさ」「密の中の孤独」を生み出し、回復阻害的に働いた。

また、薬物問題と感染症問題の3つの共通点を挙げている。第1に、どちらもグローバル化に関係している。
第2に、どちらも行き過ぎた予防啓発は差別や偏見の温床になる。「自粛警察」による嫌がらせや「夜の街」クラスターへの非難が好例だが、「ダメ。ゼッタイ」運動が薬物使用者に「極悪人」というイメージを植え付け、保健医療福祉サービスから疎外し、地域社会での孤立を引き起こしている。
第3に、長期的には「敵対的」な対策より「友好的」な対策のほうが望ましい。薬物規制強化はより毒性の強い新規の脱法的な薬物を誕生させ、処方薬などの「捕まらない」薬物の乱用へと走らせた。

精神科医療の現場では、3密回避のために、入院治療上重要でも外出、外泊や家族、地域関係者とのカンファレンス、地域社会資源の活動が制約され、結果として治療を十分に展開しきれずに退院後の再発リスクが高じたり、感染拡大防止のために、新規入院の要請に直ちに応じきれなかったりして、本来必要な保健福祉医療活動が制約され、当事者の治療や安全な生活、人権保護が阻害されやすい状況にある。
高齢者比率が多く密な精神科病院の状況や、精神保健医療福祉体制の脆弱性は踏まえつつ、感染対策は徹底しながらも、当事者の人権を尊重しながら必要な保健医療福祉サービスを行える人的、経済的、システム的な公的支援が充実されるべきだと改めて考えた。

いわくら病院 梅田