4月例会報告 COVID-19ワクチンの概況(話題提供)(NEWS No.548 p02)

開発のガイドラインなど

WHOは2020年5月、研究開発設計図「COVID-19に対するワクチン候補物の国際ランダム化臨床試験」を出版した。COVID-19の実地診療にその試験結果を役立たせるため、科学性を保持したまま多数の候補のベネフィットとリスクをすみやかに評価する、対照群の共有などを行う「適応的( adaptive)デザイン」である。複数のサイトでの大規模な国際的ランダム化臨床試験をデザインする。Master protocol trial, Platform trialなどと呼ばれ、WHO のSOLIDARITY trial などで成果が得られつつある。

米国 FDA も2020年6月、「COVID-19を予防するワクチンの開発と認可 (licensure) -企業のためのガイダンス」を出版した。ワクチン開発は adaptive and seamless (適応的で継ぎ目のない)な臨床試験デザインの利用で促進できると記している。そのほか、プラセボ対照での「( 発症予防の )有効性は少なくとも50%以上」であることが必要とし、安全性ではとりわけワクチン接種にともなう呼吸器疾患増強 (ERD) のリスクに注意を呼び掛けている。また、ワクチンの緊急な必要性から、正式承認に先立ち緊急使用許可( EUA) が考慮されるとしている。

医薬品医療機器総合機構 (PMDA)は、2020年9月、COVID-19ワクチンの評価に関する考え方を出版した。この文書では、「SARS-CoV-2 による発症予防を目的とするワクチン」を「SARS-CoV-2ワクチン」と記載している。ワクチン接種で疾患増強の可能性があり、リスクの見積もりが必要としている。臨床試験における評価では、ベネフィットリスクの判断が各国・地域の状況によって異なる可能性、民族的要因の差が影響する可能性があり、このことから国内臨床試験の必要性は高いとした。例え海外開発型であっても原則として国内において臨床試験実施が必要とした。

厚生労働省はワクチンの開発を急ぎ、基礎研究、非臨床試験、臨床試験、薬事承認、生産までの全過程を加速する「加速並行プラン」を2020年6月1日公表した。

日本でのワクチン接種が急がれない固有の事情

COVID-19の大きな特徴として、人種や地域によって罹患数や死者数に大きな差が存在する。日本での人口当たりの死亡者は米国や英国と比較してけた違いに少ない。また厚労省発表の2020年12月時点の確定値によれば、新型コロナの抗体保有は、東京で1.35%、大阪で0.69%にとどまり、その他の都市はさらに低値であった。

ワクチンの有用性は得られるベネフィット (益) と害とを天秤にかけて決まる。有用性をみる疫学的指標として、利益を得るための必要治療数(NNTB) と害に至る治療必要数 ( NNTH)の比較考量がある。米国や英国と死者数が桁違いに少ない日本では、ワクチンの有用性(必要性)が英米とは大きく違っている。ここにいずれはワクチンを接種するとしても、実用化を拙速に急いだCOVID-19ワクチンについては接種成績を見極めてという考え方が成り立つ。

ワクチン接種には充分な情報提供のもとで自己決定権保証が重要

COVID-19ワクチンは拙速に開発されたので国民に安全性への不安がある。現在不安払しょくへの努力が一定実施されているが、より一層の徹底が必要である。今回の予防接種法改正では、新たなタイプのワクチンを国が接種勧奨し国民に努力義務を課すことの是非が問題となった。努力義務は入ったが両院の付帯決議に「接種の判断に必要な情報を迅速かつ的確に公表するとともに、接種するかしないかは国民自らの意思に委ねられるものであることを周知すること」と明記された。接種はCOVID-19患者に接触する医療従事者が先行したが、接種するよう同調圧力が報じられている。医療現場で働く人がワクチン接種をしなければ業務に従事できないなど、自己決定権侵害の危惧が存在し、この付帯決議は重要である。

先行接種に用いられているメッセンジャーRNAワクチン

ウイルス抗原の遺伝子情報 (mRNA)を脂質ナノ粒子に封入し筋肉内注射して、ヒトの細胞内で抗原タンパクを作らせる、これまで実用例のない新機序のワクチンである。有効性については、プラセボとの大規模なランダム化比較臨床試験成績で95%の発症予防の有効性が報告され、期待できそうであり、これは科学技術の重要な成果である。しかし、安全性についてはまだまだこれからであり、十分な監視が必要である。しかし、日本にはワクチンの効果的な市販後監視の制度がない。日本薬剤疫学会など4学会が2020年11月、「新型コロナウイルスワクチンの安全性確保に関する4学会共同声明」を発表し、従前の安全性監視の方法論では不十分で、ワクチン被接種者全員を登録、追跡するシステムを構築し、接種記録の共有と接種後の転帰の確認が必須なことなどを提言している。重要な提案で具体化が必要である。併せて、HPVワクチンの経験から、接種後28日間ではなく、遅発性の自己免疫疾患や神経系障害など長期の害に注意が必要である。また集団が均質と仮定してリスク推測するばかりでなく、遺伝子要因の影響を受ける少数の集団での自己免疫性の副反応などに目を向けることが必要で、28日間という短い期間の規定は改めねばならない。

mRNAワクチン以外のアデノウイルスベクターワクチンなど他の新しい機序のワクチンの安全性有効性の評価はこれからで、何も言える段階にない。

日本でのワクチン研究開発の遅れ、治験データなしのワクチン承認

「技術立国」をめざしているはずの日本でのワクチン研究開発の遅れが明白になった。コロナワクチンは現在海外からの導入に全面依存の状況にある。急がない一面もあるとはいえ、国民の接種目標も自主的に立てられない状況である。2021年1月8日、ノーベル賞受賞4氏がワクチンや治療薬などの開発原理を生み出す生命科学への支援、その社会実装に必要な産学連携の強化、科学者の勧告を政策に反映できる長期的展望に立った制度の確立を政府に要望しているが急務である。

コロナ治療剤・ワクチンで「特例承認」が乱用されている。特例承認(薬機法14条の3)は先進国で販売されている医薬品について、日本での承認審査規定によらず承認を与える制度である。日本は技術立国をめざす先進国であり、この特例承認は問題である。

先にワクチン開発ガイドラインで PMDAが国内臨床試験の必要性が高いと言っていることを記したが、2021年4月7日の新聞報道によればPMDAは変異株へのワクチンの考え方を公表、海外の治験データのみで日本にも承認申請できると明記しているとのことで監視が必要である。

米国 CDC (疾病対策センター) がワクチン接種完了者への行動指針を相次いで発表

新型コロナウイルス感染症は収束が見通せない状況にあり、「コロナ疲れ」とも言われる閉塞した社会状況にある。そうした中で米国CDCが2021年3月8日、「コロナワクチン完了者対象の行動指針」を改定した。現時点でマスク着用、physical distanceの維持など「これまで通り続ける必要のあること」を強調しながら、接種完了者が「できるようになったこと」を述べ、ワクチン接種を呼び掛けている。接種完了者 (ワクチン接種2週後) 同士であれば、マスクを着用せず小規模な集まりが可能などである。これらは接種から2週間経過した人は他の人を感染させる可能性は低いとの判断によっている。 Science Brief (科学的な概要、討議のための要約書)で根拠を示し、さらに種々の研究が進展中で、新たな知見が得られ次第、改定をするとした。2021年4月2日には、ワクチン接種の進展を受け更新し、接種を完全に終えた人が米国内を旅行する場合は、ウイルス検査や自主隔離が不要などとしている。公共交通機関でのマスク着用などは引き続き必要としている。ワレンスキー所長は「この時期の旅行を勧めているわけでない。科学はワクチン接種が完了すれば、安全に多くのことをできることを示している。しかし、多くの米国人がまだ接種を完了しておらず、感染者が増加している現実とのバランスもとらねばいけない」と語っている。ワクチン接種で生活上できるようになることをその根拠とともに示して接種を呼び掛けている姿勢は学ぶところがあると考える。

薬剤師 寺岡章雄