UNSCEARは福島の放射線被害を無くそうとする既政者の意図に加担している(NEWS No.548 p04)

2021年3月9日UNSCEARから福島の放射線事故に対する10年間の総括文書としてUNSCEAR2020Reportが発表された。福島事故についての2013Report以後の総まとめとして、福島では「放射線関連のがん発生率の上昇は見られないと予測される」、また被ばくした子どもたちの甲状腺がんについては「甲状腺がんの検出数が(予測に比して)大きく増加している原因は放射線被ばくではない,,,,スクリーニング技法のもたらした結果」であるとした。また、福島の線量はチェルノブイリよりはるかに少ないと推定し、「先天異常や死産、早産などの健康影響が過剰に起こっているというエビデンスもない」とした。

これらは、実は福島医大の主張そのものであり、日本政府、IAEAとも共通の認識であり、福島の原発事故を無きものにしようという意図に加担し、代弁するものである。

医療問題研究会は、避難者から学びながら原発の危険性と低線量被ばくの被害について、2冊の冊子を出版する一方で、ドイツのH. Scherb氏の指導を受け、特に甲状腺がんと乳児死亡の増加を2本の英論文として世界中に訴えてきた。

UNSCEAR 2020 Report(以下2020Repと略す) では、福島の放射線被ばくに対する被害の否定ばかりか、我々の両論文に対しても非科学的な反論を加えてきた。そこで、今回福島甲状腺がんについて、我々の論文批判も含めたUNSCEAR(実質福島医大)の見解について論じた。

1.推定線量について

2020Repではまずチェルノブイリに比べ福島では推定線量が低く、甲状腺がん罹患率の増加と線量との関係を見るには識別不可能であるとしながら、低いという推定線量については福島医大、福島甲状腺評価部会の推定線量をあたかも決定線量のごとく用いているし甲状腺がんとは無関係と断言している。なお、避難地域を考慮したとされる福島医大の推定線量については、我々のJournal of Radiation Reserch(JRR)への福島医大大平教授氏に対する批判コメント論文で、その推定線量でも甲状腺がんとの相関を証明したので参照されたい。

2.多発甲状腺がんについて

2020RepではFHMSの第1から第3ラウンドまでで218例の甲状腺がんが発見され、通常統計より多いと紹介しつつも、放射線と関係しているという意見は少なく(引用文献は津田のみ)、多くはスクリーニング効果であり、帰結として過剰診断であることを示唆するとした。その理由として、a.委員会によると線量の多い地域でのがん増加は見られないこと、b.チェルノブイリでは事故後4年間で甲状腺がんは見られなかったこと、c.チェルノブイリでは被ばく時5歳以下に多かったこと、d.被ばくしていない日本の3県でのスクリーニング結節頻度やチェルノブイリでのスクリーニング検査でもFHMSと同じような結果であったこと、e.遺伝子解析で放射線由来でないことーを挙げている。

aについては、がんと線量との用量反応関係が証明されたら崩壊する。それ故次の3に示すように我々に対する名指し批判が必要となったのであろう。

ここでは3点について指摘し、2020Repの論文引用がいかに恣意的であるかを示す。

まず2020Repはスクリーニング効果を示した例としてチェルノブイリのデータについてのW氏のチェルノブイリで12000名中105名がスクリーニングで発見されたというデータ論文を引用した。それに対し津田氏の反論が的を射ている。W氏の引用論文はウクライナの高度汚染地域で事故後10年の検査。福島と比較をするなら、非汚染地域47000名のスクリーニングでは0名だったというデータを引用すべきだというものである。

次に、2020Repでは青森、福井、長崎の3県論文で結節頻度が福島のスクリーニングと同じであると引用しているが、10歳以上の5㎜以上の結節は明らかに福島が多い点には言及していない。最後に過剰診断説については、疫学根拠が全くないこと、逆にすでに福島では10名以上の再発症例や、数名の肺転移症例がみられるという点からも違和感を覚える。

また、男女差の比率がほぼ1:1である点に対する答えではない。

3.線量用量関係論文について

2020Repはa-eに加え放射線量と甲状腺がんの関係を論じた論文に言及している。曰く、多くの論文は(といっても引用文献は福島医大の大平氏3件、鈴木氏1件、その他W氏1件)両者の関係を否定しているとした後、加藤氏に続いて名指しで私たちの論文を批判した。

4.私たちの論文に対する批判について

まず我々の論文を59市町村のFHMS第1、第2ラウンドの甲状腺がん有病率/罹患率と外部被ばく線量とのトレンド解析で有意であったと紹介した後、a.放射性セシウムの土壌線量だけに基づいていて、避難や放射性ヨードの変動を考慮していない b.線量の高いところほど穿刺吸引細胞診を行っていて、そのために甲状腺がんが多く見えるという交絡因子を考慮していない c. 個人線量の変動を考慮しなかったため、回帰分析の信頼区間が狭すぎるので、有意差ありとの結果は慎重にすべきーという3点の批判である。

aについては事故後2-3か月の空間線量を用いており、土壌セシウムだけでなく、放射性ヨードをも反映している、UNSCEAR 2013 Reportに掲載された厚労省データをそのまま用いている。捻じ曲げた解釈である。避難や放射性ヨード変動は確かに見てはいないが、推定不可能である。bについては、すべての地域で同じ基準で穿刺吸引細胞診を行ったはずであるから、高線量地域でがんを疑ったケースが多く、そのため穿刺吸引細胞診が多いのは当たり前と考える。甲状腺評価部会が交絡によると断定している根拠データの開示がないためそれ以上の検討はできない。

5.トキ氏論文評価に見える捻じ曲げ

同じ外部線量と甲状腺がんの関係について第2ラウンドでは我々と同様の結果を出したトキ氏の論文に対し、2020Repの紹介では、第1ラウンドでは関係なかった、土壌のヨードとの関係はなかったという点を強調しトキ氏の論文の価値を薄めつつ、私たちの論文とは異なるという印象を植え付けようとしているように見える。実際にはトキ氏は論文を「空間線量と甲状腺がんの関係について同じような研究を発表した山本らの結論に注目している」と結んでいる。一方大平氏らの福島医大からの論文については、我々や加藤氏からの地域分けが恣意的である、避難地域からすべてが避難したわけではないなどの批判には目をつむり、手放しで紹介している。少なくともUNSCEARは福島医大からの線量で4地域に分け、用量反応関係を示した健康管理センターのデータについて評価する必要がある。

6.最後に

UNSCEARは国際原子力機関IAEAとの関係が深い。そのIAEAは福島医大と協定を結び、莫大な資金援助を行う中で、福島医大はいまだに重要な多発甲状腺がん症例の分析もしないまま御用三文論文を量産している。

こういった構造の中で低線量被ばくの実態はなかったことにされようとしている。そのしわ寄せはがんに罹ったひとや避難した人たちに集中しているばかりでなく、汚染水の垂れ流しに見られるように福島や全国民に波及してきている。微力ではあるが私たちは今後とも低線量被ばくの危険性を暴露する研究と活動を続ける。

大手前整肢学園 山本

参考文献
1 UNSCEAR 2020 Report (主にp85-93)
2 UNSCEAR 2013 Report
3 低線量・内部被ばくの危険性 耕文社
4 低線量被ばくの危険際 耕文社
5 Scherb, H.H., K. Mori and K. Hayashi; Medicine (Baltimore) 95(38): e4958 (2016)
6 Yamamoto, H., K. Hayashi and H. Scherb;Medicine (Baltimore) 98(37): e17165 (2019)
7 Yamamoto, H., K. Hayashi and H. Scherb ;Journal of Radiation Research, 2021, pp. 1–5
8 Tsuda T.,Tokinobu A., Yamamoto E.,;Epidemiology. 2016 May;27(3):e20-1
9 Hayashida, N., M. Imaizumi, H. Shimura et al;PLoS One 8(12): e83220 (2013)
10 Toki, H., T. Wada, Y. Manabe et al;. Sci Rep 10(1): 4074 (2020)
11 Kato, T;Epidemiology 30(2): e9-e11 (2019)
12 福島医大放射線医学県民健康管理センター 第28回県民健康調査会議資料2-3
13 私たちの決断 京都訴訟原告団 耕文社
14 暮らしを返せ、ふるさとを返せ かながわ訴訟団資料集
15 子ども脱被ばく裁判意見陳述集Ⅰ、Ⅱ ままれぽブックレット