ウイルス分離培養の問題点と、抗原検査について(NEWS No.550 p06)

日本感染研が地方衛生研究所向けに出しているウイルス分離マニュアルだけではなく、現在世界中で行われているウイルス分離培養[1]には、Vero細胞というアフリカミドリザルの腎臓細胞から取ってきた不死化した細胞に、TMPRSS2という新型コロナウイルスを活性化させて細胞内にエントリーしやすくするための分子を導入したVeroE6/TMPRSS2細胞を使用しています。

この細胞とともに、2〜3日ほど臨床検体(=ウイルス液)をペトリ皿上で培養し、その後CPE(細胞変性効果)が認められたペトリ皿のウイルス上清を集め、そのサンプルを用いてRT-PCR検査を行うことによって顕著なウイルス量の増幅が認められた時に、ウイルス分離に成功したとしています。しかし、Vero細胞で培養した後のウイルス量の推定のためのRT-PCRは、単に遺伝子断片を増幅させているに過ぎませんから、実際に感染性のあるウイルス粒子が増幅されているかどうかはわかりません。

また、このPCR検査自体が新型コロナウイルス特異的な遺伝子断片のみを増幅させるというわけではなく、培養操作中にペトリ皿上にコンタミしたバクテリアや他のウイルス、あるいはCPEが認められるほどにストレスのかかった培養細胞から放出されたエキソソームや培養細胞自身の遺伝子断片が増幅されてしまっている可能性もあります。

それにも関わらず、マニュアルでは単にin vitroで培養細胞(今回の場合Vero細胞)に患者検体(=ウイルス液)をふりかけて、細胞変性効果が現れたら「感染性あり」としており、その際にリアルタイムRT-PCRを行なって、目的の遺伝子断片の顕著な増幅が認められた場合に、「ウイルス分離成功」としているわけです。

しかし、「感染性のあるウイルスが分離された」ということを言うためには、少なくともin vivoの実験で、「そのウイルスを実験動物に感染させると、ヒトの場合と同様の感染症状を引き起こした」ということが確認されることが必要なのではないでしょうか。

結論として、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染流行状況などの総合評価や感染予防及び治療法の確立にとって重要であるとして、世界中のBSL3施設で行われているウイルス分離実験も、PCR検査と同様にウイルスそのものをみているわけではありませんし、その結果をもって「感染性のあるウイルスが分離された」とは必ずしも言えないということです。このことを念頭に置きつつ、今後の論文など批判的に読み進めていただければと思っています。

また、今回高松先生からご教示いただいていた抗原検査の論文[2]について、私なりに解説させていただきました。

結果としては、VeroE6/TMPRSS2陽性細胞を用いてウイルスが分離培養できた検体のほとんど(27/28)で、抗原検査でも陽性になっていました。それらの検体は全てRT-PCR検査でも陽性でしたが、RT-PCR検査は抗原検査とは異なり、はるかに低いと考えられるウイルス量でも陽性となったということでした。

この結果から、抗原検査の方がRT-PCR検査に比べて(非重症の)COVID-19患者を正確かつ迅速に検出することができ、COVID-19の検査に有用だということが示唆されるという内容でした。ただしこれも、この実験で用いられている細胞でウイルス分離培養ができても、必ずしも感染性のあるウイルスを検出しているわけではないため、抗原検査で陽性だったからといって即COVID-19と診断できるわけではありません。

あくまでも臨床症状、そして感染症状のある人との接触歴などが臨床的に大切であることには変わりありません。この検査も偽陽性を生まない為にも、無症状者のスクリーニングなどの目的に使用するのではなく、臨床的に必要かどうかは臨床的な診断能力のある個々の医師の判断に委ねられるべきだと思います。

医療法人聖仁会松本医院 院長 松本有史

参考文献

[1] J.B. Case, A.L. Bailey, A.S. Kim, R.E. Chen, M.S. Diamond, Growth, detection, quantification, and inactivation of SARS-CoV-2, Virology 548 (2020) 39-48.

[2] A. Pekosz, V. Parvu, M. Li, J.C. Andrews, Y.C. Manabe, S. Kodsi, D.S. Gary, C. Roger-Dalbert, J. Leitch, C.K. Cooper, Antigen-Based Testing but Not Real-Time Polymerase Chain Reaction Correlates With Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 Viral Culture, Clinical Infectious Diseases (2021). 10.1093/cid/ciaa1706.

〈編集より〉PCR検査、抗原検査の意義や限界性に関しての問題提起と受け取っています。更なる検証のためにぜひみなさんも議論にご参加ください。ご意見をお待ちしています。