コロナワクチン国内開発生産体制「強化」を急ぐ政府戦略の憂慮される方向(NEWS No.552 p07)

政府は2021年6月1日、「ワクチン開発・生産体制強化戦略案」を閣議決定した。「新型コロナウイルスの感染拡大に際しワクチンの国内開発が遅れた反省を踏まえ、」基礎研究から実用化までの一連の体制を見直す。最先端研究に注力できる研究開発拠点の設置、緊急時に対応可能な薬事承認プロセスの整備などを求めている。

7月30日に開かれた関係閣僚の初会合では、後発組となっている国産のコロナウイルスワクチンの実用化に向け、大規模な臨床試験の代わりになる評価法を、「薬事規制当局国際連携組織(ICMRA) での議論を踏まえ、夏から秋にかけて決めるとの見通しが示されたとされる。ワクチン接種後にできる血中中和抗体の量を、先行するワクチンと比べる方法が有力となっているようである。今後の見通しとしては、年内に戦略をとりまとめ、2022年の通常国会に関連法案を提出したい意向と報道されている。

全体として、遅れからの脱出のために、遅れた状態に合わせる強引な措置や制度改正がなされないよう警戒が必要である。

危惧される「条件付き早期承認制度」のワクチン適用の具体化

医薬品等の「条件付き早期承認制度」は、ワクチン・予防薬も対象としている。2020年5月12日医薬品医療機器審査課連名のコロナ関連製品は承認申請時に臨床試験データを必要としないとの通達も、ワクチンにも適用されると国会答弁されている。

第一三共が開発中のmRNAワクチン「DS-5670」がこの制度の適用を受け国に承認を求めるとしており、塩野義の遺伝子組み換えタンパクワクチンも社長が2021年5月11日の決算説明会で「年内の提供開始ができるような準備をしている」と語っており、制度の利用を想定しているようである。

呼吸器感染症での注射ワクチンの効果代替指標

mRNAワクチンが国内でも承認され広く使用される中で、発症の抑制などを調べる大規模な比較臨床試験の実施が困難になっている。これに換え接種後の血中中和抗体量を、先行するワクチンと比較して効果代替指標とする動きが進んでいる。これは適当なのだろうか。

感染後発症・重症化予防と「感染そのものの予防」

現在の筋肉内注射ワクチンは、感染後の発症・重症化を予防できるが、感染そのものを予防するものではない。呼吸器感染症では病原ウイルスは粘膜から侵入する。粘膜には「粘膜免疫」として知られる巧妙な免疫システムが存在する。病原体に対する防御に不可欠な抗原特異的分泌型の免疫グロブリン「IgA」を臓器特異的に誘導するメカニズムとして粘膜免疫システムが構築されている。粘膜にはIgA 抗体を産生する形質細胞が数多く検出され、感染防御の中核的役割を担っている。先行ワクチンで調べられているのは筋肉内注射時の血液中の中和抗体価であり、呼吸器感染症でのワクチン効果代替指標として適当なものでない。

経鼻ワクチン

国内開発体制の強化を言うなら、日本は一番に重要な「感染自体を防ぎ」、粘膜免疫を破って侵入したウイルスの増殖にも一定の効果がある「経鼻ワクチン」開発に総力をあげたい。2021年8月11日、米国では鼻腔スプレーにより投与される6種の新型コロナワクチン候補の第1相試験が行われていると報道された。生体における薬物デリバリーシステムの開発は日本が得意とする分野でないかと思われる。経鼻ワクチンは接種に侵襲性が少なく、扱いやすいなどの利点があり、製品化が待たれる。

薬剤師 寺岡章雄