健常者(無症状者)からの感染はあるのか? 〜PCR検査の結果から結論づけている論文には注意が必要〜(NEWS No.552 p08)

これまでにいくつかの論文において、無症状者では有症状者に比べてSARS-CoV-2感染を他者に伝播させるリスクは低いものの、感染拡大に重要な役割を果たすということが示唆されています[1][2][3]。これらの論文で結論づけられていることから、各国政府は無症状者からの感染拡大を防ぐためにロックダウンなどの政策を展開しているものと思われます。一方で、昨年ロックダウン後の中国武漢で行われた大規模研究[5]では、無症状者からのウイルス伝播はないと結論づけられています。

最近Lancet誌に投稿されたコメンタリー[6]でも指摘されていたことですが、先に挙げた論文も含めて、これまで報告されてきた無症候性感染に関するほとんどの研究はCOVID-19が感染拡大する最中で行われており、ほとんどの無症状者が感染の初期段階にあった可能性があります。それとは対照的に、この武漢の研究ではロックダウンが解除されてから少なくとも5週間は市内で新規感染者の発生がなく、またPCR陽性になった無症状者に抗体検査陽性例が多かったことからも、その感染は数週間〜数ヶ月前に起こっていた可能性があると考えられます。すなわち、ほとんどの研究における無症状陽性者は、感染初期で感染力のあるウイルスが残存していると考えられるのに対し、武漢での研究における無症状陽性者は感染後期に当たり、まだ除去されていないウイルス、あるいはその死骸・ウイルスRNA断片が残存しており、RT-PCR検査で陽性になったと考えられます。

実際に、ウイルス動態を比較したメタアナリシス研究[7]では、無症候性の場合と症候性の場合の双方で、ウイルス量は感染後数日以内にピークとなり、そのウイルス量は同程度であったことが示されています。つまり、感染初期では無症状者でも症状のある人でも生存ウイルス量にはあまり差がなく、従って有症状者に比べれば程度は低いものの、無症状者からの感染力が認められる可能性があるということです。以上のことが、これまでの研究から一般的に言われていることです。

しかしながら、これらの研究論文において問題があると強く思うポイントとして、「RT-PCR検査陽性者」を「SARS-CoV-2感染者」と同列に扱っている点です。これまでも申し上げてきたように、現在広く使用されている検査では、生きた(感染性のある)ウイルスを区別することは不可能です[7,8]。BMJの批判的な論説[9]でも述べられているように、無症状者がどの程度SARS-CoV-2を感染させるかを調べるためには、生きたウイルスの感染力を調べる必要があり、そのためにはウイルス培養をするしかないのです(それでもウイルスの純粋な単離培養はできない)。ほとんどの論文で示されているような「PCR検査陽性」ということをもって、感染力のあるウイルスが蔓延しているとは限りません。多くの論文で示されているようなPCR検査のサイクル閾値(Ct値)が、ウイルス量の直接的な測定値とはなり得ないことには注意が必要です[10]

もちろんPCR検査がデタラメでどんな状況でも使用できない検査であるとか、だから無症状者からの感染はどんな場合でも全く起こり得ないわけでは決してなく、例えば感染症が蔓延しやすい特定の介護施設や看護施設、あるいは医療機関などではCOVID-19の有病率が高くなり、無症状であっても感染力の強いウイルスをエアロゾルなどで排出し感染を広げてしまう可能性は高いと思います[11]。その一方で、特に基礎疾患のない主に若年者層の健常者が、無症状にも関わらず感染拡大させるということが本当にあるのか?この疑問は先述した問題が解決されない限りはっきりしないはずですし、従って現在世界中でいまだに行われている人々の生活を縛る政策に対してはあくまでも慎重な姿勢で臨むべきであると考えています。

医療法人聖仁会松本医院 院長 松本有史

<参考文献>

(紙面の都合で正式な文献名を記載できませんでしたが、以下で検索しますと文献を入手できます。)

[1] O. Byambasuren et al, medRxiv (2020).
[2] Z.J. Madewell et al,  JAMA Network Open 3 (2020).
[3] Q. Bi et al,  medRxiv (2020).
[4] P. Wilmes et al, The Lancet Regional Health – Europe 4 (2021).
[5] S. Cao et al, Nature Communications 11 (2020).
[6] C.P. Muller, The Lancet Regional Health – Europe 4 (2021).100082
[7] M. Cevik, et al, The Lancet Microbe 2 (2021).
[8] S. Beale et al,  medRxiv (2020).
[9] A.M. Pollock et al, BMJ 371 (2020).
[10] E. Dahdouh et al, Journal of Infection 82 (2021).
[11] M.M. Arons et al, New England Journal of Medicine 382 (2020).