メマンチン(「アルツハイマー型認知症治療剤」)による 解離症状と乱用~日本でも適応拡大されれば乱用が社会問題化する(NEWS No.554 p08)

「薬のチェック」98号にメマンチンによる解離症状についてのフランスの独立情報誌Prescrire誌の記事について解説文を書いたので概要を紹介する。

メマンチン(メマリー®)は「中等度及び高度アルツハイマー型認知症(以下、AD)における認知症症状の進行抑制」を適応とする。ADではグルタミン酸神経系の機能異常、特にグルタミン酸受容体のサブタイプNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体の過剰な興奮による興奮毒性で神経細胞が壊される結果発症すると考えられる。メマンチンはNMDA受容体を阻害して神経を保護する、とメーカーは説明する。しかし、正常な神経・精神機能は、興奮系と抑制系の神経のバランスが保たれて維持されているが、メマンチンは興奮系よりも抑制系の阻害作用が強いため、全体としてドパミンやアセチルコリンの分泌を高め、認知機能をわずかに改善しても、それ以上にせん妄や幻覚、行動異常を誘発することが確認されている。

フランス保健省はメマンチンを含むAD治療剤4剤を2018年8月から保険適応停止している。有効性の面では、QOLの改善、介護者の負担軽減、施設入所までの期間を遅らせる、総死亡率の減少などの改善効果がなく、安全面では、消化器や循環器、精神神経障害などの害があり、4剤とも公衆衛生上の有益性がないとしている。

2020年にフランスのチームが、ソーシャルメディアネットワーク「Reddit」に投稿されたメマンチン乱用の自己報告書を調査した。2010年から2019年にReddit上でメマンチンに関する議論が307件確認された。メマンチン使用の経験に関する自己報告136件が調査され、そのうち39件は快楽を得る目的での使用だった。快楽を得ることを目的とした使用の平均用量は156mg(治療用量の1日最大量の8倍)だった。使用者が求めた体験は解離状態、つまり幻覚、時間と場所の歪み、環境や自分の身体に対する知覚を含む知覚変容だった。使用者の大部分は、メマンチンを使用する前に同様の解離性の体験をデキストロメトルファン(メジコン®)で経験したことを報告していた。

100件の自己報告ではADとは無関係の 自己治療(セルフメディケーション)での常用についても記載されていた。平均用量は23mg/日を15週間だった。使用者が求めた主な効果は、不安、うつ、注意欠如多動症/注意欠如多動性障害(ADHD)または強迫症/強迫性障害(OCD)の緩和だった。また、認知機能の向上の目的での使用もあった。慢性使用者の77%が、害反応として解離(26例)、頭にもやがかかった状態(16例)、不安(9例)、不眠等を報告した。

メマンチン、アマンタジン、デキストロメトルファンは、ケタミン及びエスケタミンと同じNMDA受容体拮抗剤であり、とくに解離作用が生じることが多い。メマンチンには、精神障害および嗜癖を起こすことで知られるドパミン作用とアトロピン様作用もある。

麻酔剤のケタミンや乱用物質フェンシクリジン(PCP)もNMDA受容体拮抗剤に分類される。ケタミンもPCP同様、中枢神経系の抑制作用、鎮痛作用が見られる一方、呼吸抑制が少なく、血圧低下も招きにくいことから、大脳皮質は抑制しても、大脳辺縁系は抑制しないと考えられ、解離性麻酔剤と命名された 。ケタミンは、悪夢、浮遊感覚(幽体離脱)などの解離症状や幻覚などの精神病症状も引き起こし、1970年代後半から米国の若者の間で乱用が社会問題になり、日本でも2007年に麻薬指定された。

また、PCPやケタミンをヒトや動物に使うと統合失調症の全ての症状(陽性症状、陰性症状、認知機能障害)を引き起こすこと、NMDA受容体の自己抗体(抗NMDA受容体抗体)が陽性の脳炎患者が統合失調症様精神症状を呈することなどから、統合失調症のNMDA受容体機能低下(減少)仮説が提唱されている。

ケタミンとPCPは、有頂天な気分や多幸感をもたらすほか、それに続いてしばしば不安発作が起こる。高用量では、身体、周囲の状況、時間に対する知覚をゆがめる。ばらばらで現実でないように感じ、周囲の状況から分離しているように感じる(いずれも離人感で、解離症状に分類されるが、軽度意識障害下での自己認知や時間―空間認知の障害の可能性もある)。さらに高用量では、幻覚や妄想が起こり、世界から離脱した感覚が強まる。

メマンチンは、解離症状を引き起こし、向精神剤の中でも乱用による問題が起こりやすい。NMDA受容体拮抗剤という性質上、乱用されたり統合失調症様の症状を生じたりする可能性は十分あり得るが、日本では添付文書では乱用について注意喚起されていない。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に対してメマンチンのオープンラベル臨床試験が実施されている。そのため今後適応が拡大される可能性があり、メマンチンの乱用が今後社会問題化することが懸念される。

梅田