「自閉スペクトラム症」 教育現場での子どもの診断には細心の注意を(NEWS No.555 p04)

小学校新1年生の学校生活不適応について「小1プロブレム」と関心が持たれています。そのために保育所と小学校の連携の強化が求められるようになってきています。

この秋、来年度の校区小学校入学に向けて、特別支援(以前なら特殊、養護、障害児など)学級への入級希望が例年になく多くありました。知的な遅れなどのため、普通学級での学業達成が困難な児童への個別の配慮に必要なものと思っていました。ところが知的にはほとんど問題がないのに、親が強く希望して診断書を求めに来ます。

その主な原因は、在籍している保育所などで保育士から、落ち着きがない、指示が入りにくい、乱暴だ、などと指摘されるためです。以前なら入学後、低学年の間は普通クラスで様子をみて、学年が進み学業が難しくなれば支援学級も考慮、でしたが今は入学前に就学相談会を勧められます。そこで発達検査と診断書が求められます。この時に学校から診断名を「自閉スペクトラム症(ASD)」と指示されるのです。「ASD疑い」や「軽度発達遅滞」は認めてもらえず、支援学級に申し込めないと、親御さんは困り果てます。全国的にはどうなのか、この近隣の学校・教育委員会だけの事例なのかも知れませんが、その問題点を考えてみました。

個別の配慮が必要な子どもはたくさんいます。むしろ発達途上であること自体、全員が対象ともいえます。学校側が求めるように、特別に支援を必要とする子どもに、「自閉スペクトラム症」の診断は必要なのだろうか。

「自閉スペクトラム症(ASD)」は、自閉性障害、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害、小児崩壊性障害が、2013年発行のDSM-5 (精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)で「社会的コミュニケーションの障害」「反復的で限定された興味、行動」を中心にまとめられたものです。しかし心身機能の損傷の正確な測定が現段階では不可能で、疾患としての本体が不明なまま、行動症状での定義となっています。そのため同じ子どもも専門医により、また同じ専門医でも子どもの環境、成長で診断は異なります。米国では、精度の高い自閉症のチェックリストの陽性者の追跡調査で46%が自閉症でなかったとの報告もあります。

小学校入学時に、この診断がつけられると人生への影響は計り知れないものとなります。人は自己実現に向け、試行錯誤を繰り返さなくてはなりません。しかし子どもは発達途上であるために自己主張は未熟であり、時にはその困難さに親や教師、友人たちへ、かんしゃくや反抗、拒絶、乱暴など問題行動を示しながら、相手の反応や表情を察して調整し反省を経験しつつ、社会性を理解し身につけていくものです。

就学前や低学年で落ち着きのない、注意散漫な子どもも、10歳頃を境に落ち着いていくことは、一般的にみられます。問題行動には、その背景となる環境要因を探り、根気強い調整が必要となりますが、そんな時この診断名が本人への偏見となり、周囲の理解や努力の妨げとなることを強く危惧するものです。

親御さんたちが、保育園からの指摘で、未経験の小学校で何か手厚い配慮が受けられると希望されることは充分理解できます。子どもへの配慮点を整理し、入学後の対処、環境整備を学校と協議することは当然のことですが、その前提に「自閉スペクトラム症」の診断を付けることは、医学的には多くの「誤診」が含まれていることに注意が必要です。

「小1プロブレム」への配慮の中で、医療分野の曖昧な診断を、教育現場において子どもたちの選別に使用することには細心の注意が必要と思います。

入江診療所 入江紀夫