医問研3月例会報告2 モルヌピラビルは適応者の明確化という作業をしないと危険かもしれない(NEWS No.559 p04)

1月号などで紹介した、「コロナ経口治療薬」モルヌピラビルがBMJのコロナ治療のWHOガイドラインで推奨されました。それに対して、「モルヌピラビルは適応者の明確化という作業をしないと危険かもしれない」という題で「Rapid Response」という以下のような簡単な文章を送り、掲載されたことを報告しました。

「昨年12月23日、米国食品医薬品局(FDA)はメルク社(日本ではMSD社)の「モルヌピラビル」を緊急承認した。翌日、日本の厚生労働省医薬審査管理課から「審議結果報告」1)が出され、「特例承認」された。この報告書は、モルヌピラビルの承認のための臨床試験の基礎データを示したものである。同様のデータは、BernalらがNEJM誌に報告している2)

日本の「審議結果報告」およびBernalらによって報告されたデータは、非常に懸念すべきものであり、モルヌピラビルの使用を取り巻く主要な未知の部分を浮き彫りにしている。

第一の問題は、有効性の推定値が時間の経過とともに大きく変化することだ。中間解析では、「29日目までのあらゆる原因による入院または死亡」の相対リスク(RR)は0.52(95%CI、0.34〜0.80)であった。しかし、最終解析ではその効果はあまり強くなく、RRは0.70、95%信頼区間は0.49から0.99と広く、試験薬またはプラセボで「入院または死亡」の増減が1回でもあれば、統計的に有意ではない結果になりうるということであった。

さらに大きな問題は、中間解析後のRRが1.33(95%信頼区間、0.69〜2.54)であったことだ。(これはBMJ誌のOwen Dyerの文章でもFDAのデータで示されている3))。これらのデータでは、中間解析前後のRRの95%信頼区間はわずかに重なるだけで、両者の間に有意差があることは否定できない。しかも、中間解析の前後で効果の方向が異なっている。中間解析ではモルヌピラビルが主要転帰を減少させたが、その後は増加させる傾向にある。日本の「審議報告書」もこれを問題視しているが、さらなる解析は求めず、「モルヌピラビルの有効性を否定するものではない」と述べている。

プラセボの「入院または死亡」の比率は、中間解析ではそれが53/377、中間解析後は15/322、RR = 3.02 (95% CI, 1.74 to 5.25) と、両者で差がついている。これだけで、この差は、2つの参加者グループの人口統計学的な特徴が非常に異なるためである可能性が高いことがわかる。このように、状況はやや似ているが、複数のRCTの場合、「結果にかなりのばらつきがあり、特に効果の方向に一貫性がない場合、介入効果の平均値を引用することは誤解を招く恐れがある」4)ため、そのような結果をメタ解析の対象にしないことが推奨されている。この場合、治療の適応を検討する際には、メタアナリシスではなく、RCTに参加した被験者の背景を考慮する必要がある。

また、Bernalらは、中間解析前後のRRの差は、参加者の背景の違いによるものであることを示唆している。もしそうであれば、中間解析の前後を組み合わせるのではなく、背景の違いを分析し、利益を得るグループと害を受けるグループを特定する必要がある。そして、後者のグループは、モルヌピラビルの適応から除外されるべきである。しかし、Bernalらは、これらの作業を行っていない。中間解析後の試験対象者では、モルヌピラビルは「入院または死亡」を約30%増加させる可能性があり、「薬」ではなく「毒」になってしまう。

このような結果をもたらした臨床試験のオリジナルデータを開示したレビューが必要である。

はやし小児科 林敬次

1) https://www.pmda.go.jp/files/000245005.pdf

2) https://doi.org/10.1056/NEJMoa2116044

3) BMJ 2021;375:n2984. https://doi.org/10.1136/bmj.n2984.

4) Jonathan J Deeks et al.ed. “9 Analysis data and undertaking meta-analyses”, Julian PT Higgins and Sally Green ed. Cochrane Handbook for Systematic Reviews of Interventions. (Wiley-Blackwell 2008). P.279.