いちどくを この本『パンデミック監視社会』(NEWS No.561 p07)

『パンデミック監視社』
デイヴィッド・ライアン 著/松本 剛史 翻訳
ちくま新書 840円+税
2022年3月刊行

本書は、新型コロナウイルスのパンデミック下で、感染制御の名目で、GAFAなどの巨大ソーシャルメディア企業と国家とが結託して監視技術を広範に導入し監視国家体制を強化していること、それがパンデミック以後も続き、民主主義を歪める可能性が高いことに警鐘を鳴らしている。

新型コロナの感染が拡がり始めた2020年4月、グーグルとアップルが、デジタル接触確認システムについて、Bluetoothをもとにしたアプリの開発支援技術を共同で発表した。スマートフォン(スマホ)を使って感染者に接触した可能性のある人々を特定しようとするもので、まず感染者からの情報提供をもとに、その人が感染期間中に誰に感染させた可能性があるかを追跡し、感染に関わった全員を特定し、濃厚接触者を隔離するなどして感染拡大を防ぐとされた。その後、各国政府が次々と導入したが、さらに2020年から2021年にかけて、世界各国の政府や企業が監視体制強化のために顔認証技術やドローン、ウェアラブル端末といった多くの監視ツールが性急に導入し、監視のための新たなデータ利用を可能にするために、法律や規則が急遽制定、変更されている。権利や移動も制限された。

公衆衛生監視の目的は、疾病予防と制御だが、そこには人の制御も含まれてくる。韓国では、感染者一人一人の行動を、身元は伏せて逐一ウェブサイトに公開した。たとえば「患者12番は、映画『KCIA 南山の部長たち』」という具合だ。

著者の言う監視資本主義では、個人の情報がすさまじい勢いでGAFAなどの大手ソーシャルメディア企業に流れ込んでいる。監視は、いまでは民間企業や多くの政府機関で行われている。新型コロナウイルス感染の拡大は、いまだかつてない監視の増大の引き金となった。ロックダウンや移動の「自粛」、在宅ワークや自宅でのオンライン授業は監視を家庭へと持ち込むきっかけとなった。データは私たちを、権力を代表する機関や当局、企業のために可視化する方法として普遍的に利用されている。そして、デジタル技術やデータ利用は、社会の中で不利益を助長し、一方で特権を永続化させる。パンデミックでは、貧困層や周縁化された層は、治療や公衆衛生においてさらに不利な立場になる。感染で打撃を受けやすいのは、医療従事者やエッセンシャルワーカー、女性、低所得労働者、高齢者などだ。

多くの国では、パンデミックという国家の非常事態は、権力を強化し、民主主義を歪める機会として利用されている。国家と企業が連携してパンデミック監視が生み出されている。

監視技術利用の悪質な例として、イスラエルの治安諜報機関シンベトが、新型コロナ用に導入された接触確認技術を、パレスチナ人デモの弾圧、監視に利用している。多くの監視システムが、民主的議論や手続きを経ずに開発されてきており、民主主義が問われている。

著者はデータ正義を求める。人々がいかに可視化され、表現され、扱われるかに気を配り、ソーシャルメディア企業の監視に対抗する一般市民の協働によって、パンデミック社会の民主的な再構築が展望しうると述べる。状況は厳しいが光明も与えてくれる。一読を。

梅田