臨薬研・懇話会2022年8月例会報告(NEWS No.564 p01)

臨薬研・懇話会2022年8月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」71回(2022.8.7)報告
不眠障害 (insomnia disorder) に対する薬物療法以外の治療と薬物療法

今回は、話題提供者自身が深夜に中途覚醒したあと再眠できず苦しんでいる現実からの関心もあり、2022年7月に Lancet 誌に掲載されたシステマティックレビューとネットワークメタ分析の論文と、同時掲載された論説の2つを入口として、この問題に正面から取り組むことを試みました。

例会では活発な議論をいただきました。不眠障害を訴える人はどの統計でも高齢者をはじめかなり多いにかかわらず、この分野は国際的にも適切な診療ガイドラインが存在しません。また、識者の対応も不十分な状態であり、非常に遅れた状況にあることが分かりました。この分野での「根拠に基づく医療」(EBM)の発展を願っています。

文献

1.  Crescenzo FD et al. Lancet 2022;

400:170-84. タイトルは 「成人における不眠障害に対する急性期および長期間管理の薬剤(薬理学的)介入での比較効果: システマティックレビューとネットワークメタ分析」

2.  Samara MT. Lancet 2022; 400: 139-41.

論説のタイトルは「不眠障害に対する正しい医薬品は何か」

文献1

不眠障害を有する成人 (18歳以上)に対する単剤療法として、2021年11月25日までの薬剤またはブラセボを用いた治療研究を含めた。システマティックレビューには170のトライアル (36の介入、47950例の参加者) および154の二重遮へいのランダム化試験 (30の介入、44089例の参加者) がネットワークメタ分析に適合した。

結果は、eszopiclone (註: Z製剤、商品名ルネスタなど) とlemborexant (註: オレキシン受容体拮抗剤、商品名デエビゴ) が望ましいプロファイルを示した。しかしeszopicloneはかなりの有害事象を起こす可能性があり、lemborexantは安全性データが不充分である。Doxepin、seltorexant、zaleplonは耐容性が良かったが、有効性と他の重要なアウトカムのデータは少なく、総じて、はっきりした結論は下せない。

文献2

認知行動療法 (Cognitive-behavioral-therapy: CBT) は慢性不眠障害に対する第一選択治療である。それにもかかわらず、この治療について訓練された臨床家は少ない。そうした事情で他の選択肢を求めることが肝要 (imperative) になっている。不眠障害に対する薬物療法の介入は、第2ラインの治療の位置づけである。

著者たちは、 eszopiclone と lemborexant が、 かなりの有害事象を起こす可能性を有するものの、最良のプロファイルを有していると結論した。ほとんどの (most) 他の薬剤に関するデータ、長期のデータ、害作用のデータは希薄であった。将来の研究において、他の根源 (sources) のエビデンス、とりわけこれらの薬剤の害作用プロファイルが考察される必要がある。さらには、3か月以上継続される、直接にそれぞれの薬剤治療を非薬剤治療と比較するトライアルが、臨床家と患者に明確な答えを与えるために行われるべきだ。

薬物治療介入は必要と考えられ、そしてどの薬剤が有効性と害作用のトレードオフを考慮の上投与されるべきかを決定するために、患者と医師の共同意思決定 (shared decision making: SDM) が要である。

薬物治療について

文献1はZ剤のeszopiclone とオレキシン受容体拮抗剤lemborexant が、かなりの有害事象を起こす可能性を有するものの、最良のプロファイルを有していると結論している。

しかし、Z剤がベンゾジアゼピンより安全性が高いとの当初の期待はその後のデータで否定されている。オレキシン受容体拮抗剤については、米国の薬害監視団体パブリックシティズン (PC) が2013年に suvolexant (註:商品名ベルソムラ) について公聴会で承認しないよう証言し、さらにはFDAに承認しないよう長文の意見書を提出している。PCは本剤が入眠時間を短縮し睡眠時間を延長する効果はわずか (marginal effect) であるのに、患者と公衆 (general public) に与えるリスクが極めて大きいとしている。とりわけ半減期が極めて長く翌日に効果が持ち越され交通事故などの原因となることを強調している。lemborexantは2019年の承認だが、半減期は suvolexantよりもさらに長い。PCはsuvolexantが自殺企図、コレステロール上昇、幻覚の害作用を有するとともに、一度服用を開始するとリバウンド作用が強く止めるのが困難としている。PCがここであげている以外にもオレキシン受容体拮抗剤は、その薬理作用機序である体内で生理的に重要な役割を果たしているオレキシンの抑制に関連して、臨床試験成績や動物試験から情動脱力発作 (カタプレキシー)のリスクが問題になっている。

しかし、現状は国内外ともにオレキシン受容体拮抗剤の使用が増加している状況がある。

認知行動療法 (Cognitive-behavioral-therapy: CBT) について

CBTについては、文献2で慢性不眠障害の第一選択治療と考えられていることが述べられている。しかしこの治療を行える臨床家が少ないので他の治療選択が必要と書かれている。電子教科書 UpToDate もCBTは慢性不眠障害に対する薬剤以外の治療の頼みの綱 (mainstay)であり、第一選択治療としてより好まれていると記載している。

CBTは害作用が問題となっている薬物治療に代替する治療として大いに期待されるのだが、調べてみると残念ながら CBTはまだ発展途上の段階にあり、すぐ応用できる体系化されたものになっていないことが判明した。

参考文献

1.   宗澤岳史 不眠症に対する認知症アプローチの効果、博士(人間科学)学位論文 2008年1月.

2.   宗澤岳史、三島和夫. 不眠症に対する認知行動療法. 精神保健研究2009; 55: 71-8.

3.   小川康弘. 不眠症のケア─睡眠に対する認知的側面を中心に. 森ノ宮医療大学紀要 2022; 16号: 90-7.

4.   北内京子. 不眠症. 森ノ宮医療大学紀要2022;16号: 67-74.

5.   加糖沙弥佳, 嶋元和子, 福添純子, 池田遥. 認知行動療法の実践継続に向けた支援―認知行動療法の実施に対する思いからの一考察. 日本CNS看護学会誌 2022(9); 11-6.

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睡眠に関する問題は、睡眠ポリグラフ等で捉えられるような客観的な側面と、個人が自分の睡眠に対してどのように感じているかという主観的な側面がある。不眠障害は単なる生理学的な問題ではなく、自分の睡眠をどう捉えるかという認知的な要因も含む複雑かつ多面的な問題である。近年薬物療法以外の治療への関心が高まっている。これまで不眠障害については実証的な基礎研究、臨床実践が欧米でも少なく、このことが不眠障害に対するCBTの発展を遅らせている原因ともなっており、CBTの体系化など一層の発展が望まれる。

薬剤師 寺岡章雄

[編集より補足。不眠障害の第一選択治療はCBT-I(不眠に対する認知行動療法)であるが、日本では、CBT-Iを含めて医療現場でCBTは普及していない。CBTに習熟した医師などの治療者の養成が進んでいないこと、その背景として、施設要件、CBTの保険点数の評価が時間と労力に比して低く採算がとれないことが大きな障壁となっている。CBT-Iは保険診療適用にもなっていない。CBT-Iも含めてCBTの実施医療機関では自費診療としている場合もある。]