臨薬研・懇話会2022年9月例会報告(NEWS No.565 p02)

寺岡がレポートを担当しました分についての報告です。

ひとつは、未承認薬のコンパッショネート使用に関する英文オピニオン論文を JMA Journal に2022年2月末に投稿したのが5月末に受理され、8月はじめにまだ早期掲載の欄にですが出版されたので報告しました。

もうひとつは、「緊急承認制度」をめぐる最近の特徴的な動きを紹介しました。

「コンパッショネート使用」(compassionate use: CU) についてのオピニオン論文

CU の “compassionate” には「思いやりのある」などの意味があります。患者の未承認薬へのアクセスの原則は、臨床試験への参加です。医薬品の開発と販売承認には年月がかかります。CU はそれを待てず臨床試験に参加できない重篤で命を脅かされている患者に、有望な未承認薬への例外的で特別なアクセスを可能とする仕組みです。

CU と「臨床試験」との最も大きな違いはその目的が異なることです。CU は倫理的ないし人道的な配慮から患者への未承認薬の供給を最優先させます。この目的の違いから CU についての薬事的な規制は、臨床試験と比較して格段に緩やかなものとなっています。

CU におけるこの規制の緩さを意識的あるいは無意識的に利用してデータ収集を急ぐことは、「医薬品販売承認の科学性」と「根拠に基づく医療」 (EBM)を切り崩すのにつながります。

近年、未承認薬を最小限の有効性・安全性確認もせずに、販売承認して世に出す早期承認の動きが国際的に加速されています。害作用のない医薬品は存在せず、医薬品とはその患者にもたらす利益と害作用のリスクを慎重に比較考量して用いられるべきものです。

有効性の確認されていない未承認薬の供給は、患者を害作用のリスクにさらし、根拠に基づく医療にも深く関わることで、心を痛めています。そして非常に残念なことには、日本がそうした方向で世界の先頭に立っています。

わたくしは長くこの CU をライフワークの研究テーマとしてきました。ところが CU でのデータ収集を急ぐなど、その変貌とその既成事実化があまりにも激しく、これまでこの大きなゆがみを指摘し、改善を求めるオピニオン論文を世に問うことができずにいました。

しかし、COVID-19が世界を揺るがす未曽有のパンデミックとなり、それが一方でラジカルな変革の機会ともなっていることから、勇気を振り絞ってオピニオン論文を投稿したものです。

オピニオン論文のタイトルは、Revisiting the Term “Compassionate Use” and Leadership of the World Health Organization in Resolving Confusion in the Age of COVID-19 and Beyond で、仮訳は、「COVID-19 と

それに続く時代における “コンパッショネート使用”の用語の再検討と混乱解決に果たす世界保健機関のリーダーシップ」です。

COVID-19 の公衆衛生の一大変革期に、世界保健機関 (WHO) のリーダーシップが一段と期待されています。WHOはエボラパンデミックの最中の2014年に提起したものの不充分になっているコンパッショネート使用をめぐる問題の解決にリーダーシップを発揮してほしいという内容です。

JMA Journal は、日本医師会が米国医師会の JAMA 誌をお手本にして2018年に創刊した、日本ではじめての医学医療総合ジャーナルです。英字誌で冊子体は無く電子版のみで年4回発行されています。

投稿規定での字数制限と引用文献数が非常に厳しい制約のもとで余裕が無く、言いたいことを直載的に書いていますが、理不尽な現実に一石を投じることができればと願っております。このオピニオン論文を掲載していただいたJMAジャーナル編集部(共同編集長: 跡身裕氏、福井次矢氏)に感謝しております。また共著者になってくださった先生方、投稿の支援をいただいた皆様に心より感謝いたします。

論文は現在、JMAジャーナルのウエブサイト  https://www.jmaj.jp/ で、上の方にある帯にあげられている “Advance Publications” (優先早期出版) をクリックいただきますと、上から2つ目に掲載されています。ご覧いただければ有難く存じます。

早期掲載は文字通り特別な扱いで、掲載を他の人に伝えるにはAdvanced Publicationsで掲載されたタイトルの位置を説明し、タイトルをクリックするしか無いようです。ハイパーリンクなど一発で掲載先を示し、メーリングリストで他の人に知らせることなどはできないようです。今後2022年10月中旬に正規号に掲載されるとAdvanced Publicationsの欄から外される仕組みです。理解できる掲載方法でありますが、最近の傾向からは出版に長期間かかっているという印象があります。また残念なのはJMA Journal正規号に掲載された論文に対しても、JMA Journal読者がレスポンスを投稿できる仕組みとなっていないことがあります。

正規号に掲載されると、J-Stage. PubMed, PubMed Central (PMC) に順次掲載されます。後ろ2つの掲載実務は米国国立図書館、米国国立衛生研究所 (NIH) が行っています。本論文の場合、PubMed Central (PMC) への掲載は2022年11月下旬以降になる見込みです。なお、JMA Journal への投稿料、掲載料などは2018年の創刊以来無料の扱いが続けられています。

「緊急承認制度」をめぐる最近の特徴的な動きの紹介

問題山積みの「緊急承認制度」が2022年5月13日国会で可決・成立しました。しかし、塩野義が飲み薬エルンシトレルビルフマール酸 (ゾコーパ) の本制度適用を求めた科学性に反するあまりにも強引な動きや、同剤の緊急承認を強く求める日本感染症学会と日本化学療法学会の提言に対して薬事・食品衛生審議会医薬品第二部会委員として審議に参加した立場から「非科学を蔓延させるな」の指摘がされるなど批判が強まりました。制度適用をめざした他の企業が断念を表明するなど、「緊急承認制度」適用のハードルが高まり、制度自体が暗礁に乗りあげた感のある最近の展開となっています。

これらの経過は、2020年5月のアビガンの特例的承認を求める強引な動きのなかで、「日本医師会 COVID-19 有識者会議」の提言が果たした大きな役割を想起させます。日本医師会 COVID-19 有識者会議は、2020年5月20日に記者会見を開き、新型コロナウイルス感染症の治療薬の承認は、「エピデンスが十分でない候補薬、特に既存薬については拙速に特例的承認を行うことなく、臨床試験によって十分な科学的エビデンスに基づいて承認すべきである」と提言しました。これをマスコミは「アピガン有効性を示せず、日本医師会が緊急提言、薬の承認は科学的なエビデンスが必要」と報道し、アビガンは今に至るも承認の見込みがたっていません。

これらはかなり悲観的な状況の中でも、復元力の存在を信じ、潰れることなく努力を継続する重要性が示されているようにも思われます。

薬剤師 寺岡章雄