近藤誠氏追悼(NEWS No.567 p06)

近藤誠氏が8月13日に突然亡くなりました。73歳で私と同い年で、とても信頼していた方で、私がガンになれば彼に相談したいと思っていたことも含めて、大変残念です。

<患者の命と生活を守った臨床家>

私が、近藤氏との会話で忘れはしないのは、親類の家族が胃全部を摘出すると言われたとの相談を彼にした時このことです。全摘の理由は、MALTリンフォーマという胃に発生するリンパ腫でした。この胃がんは、4分の3ほどはピロリ菌を除去すると消失しますが、ピロリ菌が出なく除菌でも消えないので胃全摘を勧められたのです。当時はそのような人の治療データが少なく、放射線照射が最も安全かつ効果的とされていました。治療方法は今も同じの様です。

近藤氏に電話で相談したところ胃の照射は難しいのでこの面の専門の関東の病院にいる放射線医を紹介されました。「とても遠いので、受診は困難かも知れません」などと、ぐずぐず言っていると「林さん、これは命のことですからね」といわれました。私はハッとして、親類にそのまま伝えると、さっそくその病院で放射線治療を受け、その後全摘後の苦しみがなく20年以上元気にしています。その時から、近藤誠氏は患者の命と生活を第一に考える臨床医であるとの思いを強くしました。

<近藤誠氏の意見はEBMに基づいたもの>

その後も、彼の本や雑誌の討論を読んで、彼の意見はしっかりした臨床医学、特にEBMを根拠にしていることを確信しました。それを一般の方にも大変分かり易く書いているので、多くの読者を得たものと思われます。

彼のがんの治療方針は、異端者のごとく言われますが、それは製薬企業・病院産業とその御用学者・学会がそう見せかけているもので、本当は決してそうではありません。今も、彼のホームページには、以前私が明確にできなかったオプジーボとキートルーダなど「免疫チェックポイント阻害療法」への批判的評価が、納得いく内容で掲載されています。

福島原発後に出した本では、近藤氏が専門の放射線による有害作用について深く勉強され、多数の重要な文献を基に、被曝の危険性を訴えています。東大の同じ放射線専門医で、被ばくの危険性を否定する非科学的な見解で原発推進派を利している人とは正反対です。

<近藤氏への批判は非科学的>

ところで、近藤氏の死後、なんと3日後の8月16日にさっそく伊藤乾氏という人が実にタイミングよくネット上に抗がん剤に関する彼への批判を書いています。その結論は「がんと闘おう」というもので、近藤氏の作り上げてきた本当の業績を否定するための文章です。

まず、「過剰な治療を戒め」「放置療法というある意味活気的な判断を下し」などと、持ち上げています。しかし、次には、子どもの抗がん剤治療が進歩していることを紹介し、まるで近藤氏が効果のある小児がん治療薬を否定しているかのように描いて、彼の信頼性に疑いを持たせます。しかし、近藤氏は子どものがんが治る可能性がある治療薬の紹介をしています「がん・部位別治療辞典」など)。まず、近藤氏の意見でないことをあたかも近藤氏の意見のように紹介し、それを批判する、誹謗中傷の典型的なやり方です。

伊藤氏の本当の目的は、製薬大企業とその宣伝マンとなっている「医学者」たちを代弁して、抗ガン剤が効かないとの指摘への反論の様に思えます。オプジーボなどへの近藤氏の批判は、人間に使ってどれだけの利益があったかを製薬会社や世界の研究を吟味して効果のなさを証明したものです。それが、科学的な臨床医学です。しかし、伊藤氏はそれに対する批判は全くせず、これらの「薬剤」開発の基礎を作った本庶祐氏がノーベル賞を受けたから、近藤誠は間違っていたとしています。臨床医学で直接批判できないので、次元の違うノーベル賞という権威を借りて批判するやり方です。紙面の都合で触れませんが、がんの手術に対する多くの批判も同様です。

<近藤氏への追悼はEBMの発展>

近藤氏の抗がん剤に関する見解は、製薬企業が実施した薬剤評価も含めて世界の研究を基にしたものですが、同時に彼は製薬企業のデータの不正を強く訴えています。タミフル問題を契機にした世界的な運動で、薬剤認可の情報公開がある程度進みましたが、コロナで逆戻りしています。それらを押し戻すことが残された我々の任務と思います。

(はやし小児科 林敬次)