臨薬研・懇話会2022年12月例会報告(NEWS No.568 p02)

臨薬研・懇話会2022年12月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」第73回 (2022.12.11) 報告
世界医師会の「医の国際倫理綱領」2022改定
-医師の専門職倫理とプロフェッショナリズム-

「医師は、常に何ものにも左右されることなくその専門職としての判断を行い、専門職としての行為の最高の水準を維持しなければならない」 これは格調の高いWMA 医の国際倫理綱領のワンフレーズ(2006年版、日本医師会訳) です。

今回は、「臨床薬理論文」を少し広く解釈して、この文献をとりあげます。世界医師会 (World Medical Association : WMA) の「医の国際倫理綱領」(International Code of Medical Ethics) が 16年ぶりに改定されました。 医師の倫理的な義務を示す基本文書で、医療専門職 (medical profession) の倫理実践 (Medical Practice) の可能な最高のスタンダードを示したものです。 今回の改定では利益相反について、また独立した専門職としてのゆるぎのない 判断についての記載が強化されています。

製薬企業のマーケティングが医師の専門職倫理とプロフェッショナリズムを席巻する嘆きの状況のなかで注目される文献です。WMAには多くの支部がありますが、この文書を調整して総会で全会一致でまとめあげた力量も注目されます。

今回の主な関連サイトは、WMAのサイト、JAMAの論説「WMAの医の国際倫理綱領」電子版2022年10月13日 (フリーオープンアクセス)、日本語では日本医師会のサイト「医の国際倫理綱領」です。

JAMAの論説

WMAが医師の世界的組織として果たすべき主要な使命の一つは、医療専門職の倫理的実践を可能な限り高い水準で確保することである。1947年、医学倫理に関する最も深刻な違反事件 (ナチス収容所での人体実験) の余波を受けて設立されて以来、WMAは、世界の医療専門職 (medical profession) に倫理やその他の指針を提供することを目的とした、包括的な宣言、決議、声明を採択してきた。

WMAの一連のポリシーの中心にあるのは、ジュネーブ宣言:医師の誓い (DoG)、ヘルシンキ宣言 (DoH)、そして医の国際倫理綱領(ICoME) である。最初のDoGは、1948年のWMA第2回総会で採択され、最近では2017年に改訂されているが、医師の誓いという形で医療専門職の基本的な倫理原則を簡潔に示している。ヒトの研究参加者が関わる医学研究特有の倫理的課題に対処するため、起草・採択されたのがDoH である。

WMAの3つ目の、そしておそらく現時点ではもっとも知名度が低い中核的な文書は、DoGに続いて1949年に採択された「医の国際倫理綱領」 (ICoME)である。ICoMEは、患者や社会に対する医師の責任、他の医師や学生、その他の医療専門家や職員に対する責任など、医療専門職の倫理原則と職能上の義務 (professional duties) を概説している。

WMAのすべてのポリシーと同様に、この3つの文書は、継続的な妥当性を確保するために定期的に見直され、改訂されている。

それまでの綱領を大幅に改定したICoMEが、2022年10月にドイツ・ベルリンで開催されたWMA総会で全会一致で採択された。WMAの宣言、決議、声明のうち倫理的な性格のものは、総会の通過に4分の3以上の賛成が必要である。高いハードルにもかかわらず、満場一致の採択という成功を収めたのは、包括的かつ開放的な改訂プロセスに起因していると言えるだろう。

ワークグループはICoMEの構成を変えて、新しく前文と、それに続く一般原則のセクションを追加した。残りの倫理的義務は、「患者に対する義務」 、「他の医師、医療専門職、学生その他の職員に対する義務、」、「社会に対する義務」に分類されている。「医療専門職としての義務」 と題された最後のセクションは、ICoMEの倫理原則に従い、保護し、促進する義務と、他の医師がそれを守るのを支援する義務を強調している。文書全体を通して、より現代的でジェンダーを含む新しい表現が導入されている。

医師は、臨床的、政治的、法的、および市場の力の変化によってもたらされ、悪化する前例のない困難に直面している。同時に、医療専門職は世界規模でよりダイナミックかつ相互に関連してきており、ICoMEに反映されている医療倫理の基本的かつ普遍的な原則を再確認することがますます重要になっている。

世界医師会の「医の国際倫理綱領」

スペースの制約から詳しく記載できないが、2022年10月採択された改定「医の国際倫理綱領」の全文はWMAのサイトに掲載されている。また、JAMAの論説も全文を掲載している。日本医師会のサイトに日本語訳が掲載されるが、現在掲載されているのは何故か前回2006年版のままで、12月20日現在まだ掲載されていない。

2022年改定からいくつか注目される事項を和訳して紹介する。

2. 医師は、年齢、疾病または障がい、信条 (creed)、民族的出自、社会的文化的に形成された性別 (gender)、国籍、政治的所属、人種、文化、性的指向 (LGBTQ+などとしてまとめられることがある)、社会的立場、その他の要因による偏見や差別的行為に関わることなく、公正かつ公平に医療を実践し、患者の健康ニーズに基づいたケアを提供しなけれぱならない。

5. 医師は、自分自身や所属機関の利益の可能性によって、個人の医療専門職としての判断が左右されるようなことがあってはならない。医師は、現実または潜在的な利益相反を認識し、それを回避しなければならない。そのような利害の衝突が避けられない場合は、率先して申告し (declared in advance) 、適切に管理しなければならない。

6.  医師は、個々の医療上の判断に責任を持たなければならず、医学的配慮に反する指示に基づいて、医療専門職としての健全な医療判断を変更してはならない。

24. 医師は、押しつけがましい、あるいは不適切な広告やマーケティングを控え、医師が広告やマーケティングで使用するすべての情報が事実に基づいており、誤解を招くものでないことを確認しなければならない。

25. 医師は、商業的、財政的、またはその他の相反する利益が、医師の医療専門職としての判断に影響を与えることを認めてはならない。

35. 医師は、健康 (health)、健康教育、健康に関する知識やそれを利用する能力 (health literacy) に関する事柄において重要な役割を担っている。この責任を果たすために、医師は、ソーシャルメディアを含む非専門的な公共の場で、新しい発見、技術、あるいは治療法について慎重に議論しなければならず、自らの発言が科学的に正確で理解可能であることを保証しなければならない。

関連文献

「プロフェッショナル・オートノミー (自律) と臨床上の独立性に関する WMA ソウル宣言」2008採択 2018改定

2.  プロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性とは、個々の医師が診療に際して、外部ないし個人から不当あるいは不適切な影響を受けることなく、自らの専門的判断を自由に行使するプロセスを表したものである

12. WMAは、医師のプロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性の重要性は、質の高い医療と患者医師関係にとって不可欠の要素であり保たれねばならぬものであることを再確認する。WMAはまた、プロフェッショナル・オートノミーと臨床上の独立性は医師のプロフェッショナリズムの中核的要素であると認識する。

医師の専門職倫理とプロフェッショナリズム

鈴木利廣氏 (薬害オンブズパースン会議代表・弁護士)

「私は、専門職倫理とプロフェショナリズムの違いについて、前者は外圧的規制に対して、後者は社会的役割としての前向き的遣り甲斐的な心得と解釈しています」

専門職倫理とプロフェショナリズムとは同義で使われる場合も多くみられます。

当日のディスカッションから
  • 医の国際倫理綱領のことをはじめて知った。皆様も同じでないか。
  • これが正しいとすると違反事例がいっぱいある。現実離れの問題もあるのでないか。
  • それでも正しい在り方を示していくのは大切で評価できるのでないか。
  • 今年最後の例会のテーマとして良かったと思う。
  • この倫理綱領のことをもっと知らせていく必要があるのでないか。

薬剤師 寺岡章雄