いちどくを この本『発達「障害」でなくなる日』(NEWS No.584 p08)

『発達「障害」でなくなる日』
朝日新聞取材班 著
朝日新書 810円&税
2023年11月刊行

発達障害には大きく分けて、注意欠如・多動症(注意欠如多動性障害:ADHD)と自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害:ASD)、学習障害(LDまたは限局性学習症:SLD)の3つがある。症状に加えて、症状によって日常生活などに障害を有することが要件となる。本著では、周囲との関係の中で発達障害は「障害」になるのだとすれば、どうすれば発達障害の特性が生きる上での「障害」にならずにすむのかという答を探る。

ADHDと診断された女性は男性に比べてうつ病などになりやすく、離婚や非正規就業の割合も高い。女性の方が、社会や結婚生活、家事育児で求められる役割や負荷が増えるが、対処行動が追いつかず、二次障害を発症したり、自己肯定感が低くなったりしやすい。

一方、発達障害があるパートナーと暮らす家族は、気持ちが通じ合えない状況の中で心身ともに疲弊してしまう「カサンドラ症候群」におちいることがある。発達障害者支援センターや、ケースによってDV相談支援センターや児童相談所への相談が必要になることがある。

日本の社会が標準と言われる範囲から外れたことに厳しいなかで、発達障害やグレーゾ-ンと言われる子どもたち(や大人たちも)は過酷な環境にある。敗北の体験を積み重ねるのは人格形成にとってよくなく、自信のもてるものができると社会との関わり方も変わってくる。特に子どもの当事者や保護者としては、変なことをしていてもちょっと見逃してくれるような雰囲気が社会の中に浸透していくと、障害のある当事者だけでなくみんなにとって居場所がある世界になる。

発達障害の特性を抱える人が一般企業で働くにはまだハードルが高い。特性によりもたらされる行動は周囲に理解されず、心身の不調に陥ったりトラブルに発展してしまったりすることが後を絶たない。合理的配慮は、2006年に採択された国連の障害者権利条約に盛り込まれた考え方だ。障害がある人が社会で生きやすくなるよう、ルールを柔軟に変えるなど平等な機会を確保することで、社会の側にある障壁を取り除くことを言う。提供する側にとって過重な負担にならない範囲で、一人一人の希望に応じた配慮を提供することを指す。たとえば、目の見えない人の希望に応じてレストランでメニューを読み上げることが該当する。多数の利用者のために店にあらかじめスロープや多目的トイレを設置することは環境整備にあたる。条約では、合理的配慮の否定は差別に当たる、と定められた。日本は2014年に条約を批准し、2016年に合理的配慮の提供について盛り込まれた改正障害者雇用促進法と障害者差別解消法が施行。合理的配慮は、民間の事業者についても2024年4月から努力義務から法的義務になった。ただ、まだあまり浸透しておらず、法律に違反しても罰則はない。発達障害の人が職場で合理的配慮を求めても、企業から理解されない事例が相次ぐ。合理的配慮を提供する側にとっては、なにをもって過重な負担と捉えるかの判断は難しい。また、発達障害は外見からはわかりづらく、困りごとも多種多様で、特性上、自分が何に対してどのように困っているかの言語化や、整理された形での解決方法の提示が苦手な人も多い。しかし、合理的配慮を柔軟に提供できる社会や企業が増えれば、誰にとっても生きやすい社会、働きやすい社会になる可能性がある。

ダイバーシティー&インクルージョン(多様な人材を受け入れ特性を生かす)という観点からも、合理的配慮が受けられずに働けない人が増えれば、社会の活力もそがれる。法律をつくっただけではだめで、社会実装していくことが大切だ。外国籍の人、育児中の人、病気になった人なども不利益を受けにくくなり、みんなが働きやすい社会になる。

日本の社会には「多数派こそが正しい」「すべての人が健常でいることをめざすべきだ」というすさまじい同調圧力がある。しかし、実際は「普通の人」なんて存在しない。環境次第でその特性は「強み」にもなれば「障害」にもなる。

字数の都合で省略したが、結婚や出産を機に障害が顕在化したADHD女性、ASDの夫をもつ妻、大学進学後や就職でつまずくASD男性などの事例が豊富で、当事者の当惑や周囲との軋轢がありありと想像される。一方で、環境次第で特性は「障害」にも「強み」にもなる。当事者自身が助言を得ながらでも特性に合った生活や仕事の対処法をつくりあげたり、特例子会社での合理的配慮で自信をつけたりする過程にも共感する。ご一読を。

精神科医 梅田