通常のシリーズ企画に関する例会報告は、まず取り上げた文献についてその理由と文献内容などを記載し、そのあと当日の参加者のディスカッションなどについてまとめる形式で記載してきた。しかし今回についてはこの形式でのまとめは困難なため、医薬品承認制度の規制緩和が一気に進む動きについて例会ではじめて注意喚起した2024年6月以後の動きも含め、当日の例会で話題になったこと全体にわたって順不同で記載する。
1.シリーズ企画第81回(2024.6.2)は、通常の個別文献の検討を離れ、「ドラッグ・ロス」問題に関連して、「医薬品承認制度の規制緩和を一気に進める動き」について注意喚起した。その4日後の2024年6月6日、危惧していたことが早くも緊迫した形で現実のものとなった。
2025年春の通常国会に提案される薬機法 (医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律) 改正について審議している厚生科学審議会制度部会に行政側から、希少疾患等では ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT) の実施が困難なので、観察研究データであるリアルワールドデータ (Real world data: RWD) のみでも申請が可能なことを法的に明確にしてはどうかと、正式な提案がなされたのである。
2. 薬機法にRCTでなく観察研究データ (RWD)で申請が可能と明記されると、RCTが行われず、その結果有効性安全性が明確でない新薬が溢れる危惧が存在する。まさに風雲急を告げる情勢にある。このため医問研として1)制度部会での薬機法改正論議の進展を注視するとともに、2)勉強会では学術面の強化のため希少疾患薬等の開発でのRCTの必要性をテーマにした検討を並行して進めることになった。
3. 第1回 (2024.8.3)に取り上げたのは「小さい母集団での臨床試験のための方法論の最近の進歩 : InSPiReプロジェクト」と題された、研究当事者による総説論文である。数式を多く含む統計学的な記述が難しく、理解を深めるために文中で引用されている小児科領域の各論であり、実践例であるLEVNEONAT (NCT 02229123) 試験の論文を読むことになった。
4. シリーズ企画は準備の関係から寺岡が2か月置きに担当してきたが、今回は入江さんが8月例会の宿題の扱いで、このLEVNEONATの第2相試験のプロトコル論文を急遽9月例会で紹介してくださった。
「低酸素虚血性脳症に伴う新生児けいれんに対する第1選択薬としてのレベチラセタム最適用量の検討(LEVNEONAT-1):第2相試験プロトコル」BMJ Open 2019. この論文はプロトコルの背景などを詳しく記述し、結論的には「LEVNEONAT-1には (実施にあたり)様々な制約があり最小限の試験要件にとどまった。有望な有効性の結果が得られた場合には、所見を確認するためにランダム化試験をさらに実施すべきである」と書かれている。
このプロトコル論文を「希少疾患薬開発でのRCTの必要性 その2」と位置付ける (医問研ニュース読者メーリングリストNo.405, 2024.9.11参照)。
5. LEVNEONATトライアルはまだ試験結果の論文が公表されていない。このため、今回はこれと同様のテーマで実施され、結果が論文にまとめられているNEOLEV2文献を取り上げた。
「新生児けいれんに対するレベチラセタムvs フェノバルビタール: ランダム化比較試験」
Pediatrics 2020; 145(6):e20193182. 12pages.
米国FDAとNIHの資金で実施された研究で米国国立図書館PubMed Centralのウェブサイトで全文が読める。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7263056/
この論文は希少疾患でもRCTが可能なことを実証している。
この第2b相試験では、フェノバルビタール はレベチラセタムよりも新生児発作の治療に有効であつた。害作用 (adverse effects) の発現率はフェノバルビタールが高かった。レベチラセタムは高用量で有効性が高くなる傾向があるとともに試験期間が短いため、長期的なアウトカム指標を用いた第3相の決定的な試験が正当化される(warranted)、と考察されている。当日のディスカッションでは、この試験は米国で行われインフォームドコンセントを得ているが、日本では困難なのではとの発言があった。
6. 来春の通常国会に提出される薬機法改正案について審議している厚生科学審議会制度部会の状況であるが、10月に入り、一巡した論議が後半に入っている。12月末には制度部会としての結論を取りまとめるというスケジュールで進んでいる。10月3日に開催された制度部会で、薬機法の条文で申請資料について「臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料」と記載されているが、これを「医薬品の品質、有効性および安全性に関する資料」に改め、RWDで申請可能だということを明確にすることが了承されたとも報道されている。薬機法改正案は来春の通常国会への提案が決まっており、引き続き注視が必要である。
7. 今回取り上げた文献には「新生児発作 (neonatal seizures) は新生児1000人のうち1~4人が罹患し、そのアウトカムは不良である」との記載がある。「レベチラセタムはその有効性に関する前向きなエビデンスがないままに、広く用いられるようになった」との記載がある。また「抗けいれん薬に対する新生児の反応は年長者の脳の反応とは基本的に異なる」との記載がある。
当日は、臨床現場では実際にどのような対処がされているか、どのような薬剤を対処に用いるのがよいかが話し合われた。
「添付文書では、よく利益が害を上回る場合に用いることといった記載を見かけるが、漠然としていて臨床指針とならない」との発言があった。「臨床現場では、確固とした指針のないままに用いられている現状があり、そうした意味で今回のような一連の文献が取り上げられ、話し合われていることには意義がある」との発言があった。
小児科の現場では、呼吸抑制の害作用が生じたときの対処の準備をしながら、ジアゼパム(ホリゾン®、セルシン®、ダイアップ®坐剤: ベンゾジアゼピン系薬剤)を用いているとのことであった。投与経路は内服、静脈内注射・点滴静注、坐剤で、成人には筋肉内注射も用いられるが新生児には避けた方がよいとのことであった。
8. レベチラセタム(イーケプラ®)及び関連薬剤
レベチラセタムは日本においても製品化されている。イーケプラ® (UCB、大塚: ベルギーUCB社から導入、250mg錠・500mg錠 2010年9月販売、ドライシロップ50% 2013年8月販売)
(添付文書から)
<錠剤>
効能又は効果 〇てんかん患者の部分発作 (二次性全般化発作を含む、〇他の抗てんかん薬で十分な効果が認められないてんかん患者の硬直間代発作に対する抗てんかん薬との併用療法
重要な基本的注意
患者及びその家族等に攻撃性、自殺企図等の精神
症状発現の可能性について十分説明を行い、医師と緊密に連絡を取り合うよう指導すること
特定の背景を有する患者に対する注意
小児等 低出生体重児又は新生児を対象とした臨床試験は国内・海外ともに実施していない。
<ドライシロップ・点滴静注>
効能又は効果 錠剤に同じ
重要な基本的注意
易刺激性、錯乱、焦燥、興奮、攻撃性等の精神症状があらわれ、自殺企図に至ることもあるので、本剤投与中は患者の状態及び病態の変化を注意深く観察すること
特定の背景を有する患者に対する注意
小児等 錠剤に同じ
(類似の製品)
レベチラセタムと作用機序は異なるが、同じ適応をもつ抗けいれん薬は多い。これらの薬剤の添付文書の特定の背景を有する患者に対する注意で小児等の項目を調べた。新生児等での臨床試験はレベチラセタムと同様に行われていない。
ガバペンチン、トピラマート、ラモトリギン、クロバザム
(イーケプラの審査報告書等)
イーケプラ錠(2010.6.7)、イーケプラドライシロップ、同点滴静注(2023.6.6)の審査報告書などの承認審査関係書類に粗くだが目を通した。イーケプラ錠はベルギーからの導入品、イーケプラドライシロップ、同点滴静注は新用量医薬品ということもあり、これまでとりあげてきた文献の記載を上回る特記すべきことはないようである。
精神科の医師から、レベチラセタム(LEV、イーケプラ®)のてんかん治療における位置づけについては十分勉強していないので知りたい。最近の抗けいれん剤(anti-epileptic drug: AED) は血中濃度測定が不要ということもあって、従来からのバルプロ酸ナトリウム(VPA, デパケン®など)やカルバマゼピン(CBZ, テグレトール®など)に替わって頻用されている印象がある。精神科診療をしていると、LEVが処方されていて攻撃性や自傷行為を含めて精神症状が悪化していて、LEVを減量,中止するケースが時々ある。今のところLEVには否定的感情の方が強い」とのコメントがあった。
薬剤師・MPH(公衆衛生大学院修士) 寺岡章雄