本の紹介「真実と修復―暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策」(NEWS No.592 p08)

「真実と修復─暴力被害者にとっての謝罪・補償・再発防止策
ジュディス・L・ハーマン著 阿部大樹 訳
みすず書房、3400円+税

〈医問研ニュース 第590号で「性暴力救援センター・大阪SACHICOの存続と体制強化を求める全国署名」への協力をお願いしました。各種メディア報道で周知のことですが、12月4日大阪府議会議長宛てに請願署名48,463筆が提出されました。今後、府議会の対応に注目します。ご協力有り難うございました。〉

以前「トラウマ」に関する著作を医問研の梅田忠斉氏(精神科)から紹介して頂いた時、筆頭に挙がっていたのがジュディス・ルイス・ハーマン氏の著書「心的外傷と回復」(Trauma and Recovery 1992年、邦訳中井久夫 1996年)でした。ハーマン女史の名前を知ったのはその時です。

一時期SACHICOの活動に参加していたものの著書の敷居は高く、私が入手したのは2019年第16刷版でした。冒頭には「本書はその生命を女性解放運動に負うものである」との記述。「性的および家族的暴力の被害者を相手とする臨床および研究の二十年間の果実・公的世界と私的世界と、個人と社会と、男性と女性とのつながりを取り戻す本である・外傷後生存者の証言が本書の中核」とあり、読み辛さや睡眠障害も生じ中断を挟んでの読了となりました。

天皇主権、家父長制の明治憲法下で成人した両親、男尊女卑の強い山中の村落に育った父、第3子(筆者)出産の前年にようやく普通選挙権を獲得した母、兄二人も含め男性優位の心情の中で育ち、心の問題は二の次、心の内を出さないことが美徳のように捉え(させられ?)ていた私には、「心のきず」に向き合う臨床家の著述に接することは「目から鱗」の経験でした。

「真実と修復」の訳者あとがきで阿部大樹氏(精神科医)は、「性暴力や児童虐待に対して、専門家である医療者が<良いとも悪いとも言えない>とか<相手の立場もあるだろうから>式の態度をあえて取ることは、クライアントが語ることを抑制し、ときに沈黙を強いるに等しい。価値判断を回避する『空白のスクリーン』という古い臨床家像からの脱却こそ、『心的外傷と回復』が『フロイト以降のもっとも重要な精神医学書』と評された理由である」と述べています。

新聞の書評欄にハーマン氏の名を発見した時は、被害者の立場に立ち続けることを貫いている著者から、次に私たちは何を突き付けられるのかを学ばなければと読み始めました。

「真実と修復」の原著は「Truth and RepairHow Trauma Survivors Envision Justice, Basic Books, New York,2023」です。副題の直訳は「心的外傷後生存者は正義をどんな風に思い描くか」ですが、著者はイントロダクション(序論)の中に「本書が示そうとするのは〈暴力を生き延びた人にとって正義とは何であるか〉である」と述べています。著者は1942年ニューヨーク市生まれにて、本書執筆当時は80歳です。自身の闘病生活を克服して、暴力被害者の回復に注力される生き方には圧倒されるばかりです。

回復には、エンパワーメント(有力化)とコミュニティへの復帰、「この二つが、私の考える治療の根本原則である」」と述べる著者は次に正義justiceの必要性を提起しています。「暴力の生態系とはすなわち、劣位におかれた人々に対する犯罪がいかに正当化され、受忍すべきものとされ、不可視化されるかである・社会のあり方から心的外傷が生じている以上、そこからの回復も、個人の問題ではありえない・より大きなコミュニティから対策を引きだして、不正義を修復しなくてはならない」とあります。

第一部〈何が正義とされるかは権力の社会的構成に依拠している〉についての論証、第二部〈暴力被害者の言葉からどのような正義のヴィジョンがうかび上がるか〉の検討と解決策の提起、第三部は補償・矯正・予防と題する各章、最終章は「従属から女性が放たれる『史上最長の革命』」を目指す取り組みについて、著者の思いが溢れる記述です。つたない紹介ですが、女性の現在地、目標を学ぶことが出来ます。

(小児科 伊集院)