精神関連用剤-その2:双極症(双極性障害)と不安症群(不安関連障害)(NEWS No.593 p06)

本稿は、医問研ニュース2024年11月号での報告「精神関連用剤(向精神薬:その1抗精神病剤と抗うつ剤)」の続編で、双極症(双極性障害)と不安症群(不安関連障害)の必須薬剤を取りあげる。「薬のチェック」116号で「精神関連用剤-その2:双極症(双極性障害)、不安症群(不安関連障害)」について述べているが、精神科救急を含む精神科臨床の実情を踏まえて若干追記、修正している。

双極症(双極性障害)用剤 治療の前提は心理教育

双極症では、気分や活動性が亢進する躁病エピソード(躁病相)と気分や活動性がおちこむうつ病エピソード(うつ病相)を繰り返す。気分エピソードの診断には必ず、薬物や身体疾患による可能性を除外する。ただし、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では抗うつ剤治療中の躁転も躁病エピソードとして診断する。ICD-10(国際疾患分類第10版)によれば、2回以上繰り返すうつ病と躁病あるいは軽躁病のエピソードから成る。DSM-5では躁病エピソードを示す双極症Ⅰ型と軽躁病エピソードを示す双極症Ⅱ型とを区別する。躁病エピソード診断には高揚気分や活動性の増加は必須で、持続期間が1週間以上(入院を要する程度なら1週間未満でも可)、誇大性、睡眠欲求減少、多弁・会話心迫、注意散漫、精神運動性焦燥、困った結果を引き起こす可能性が高い行動をとる(多額の濫費、粗暴な運転、性的逸脱行為など)といった症状があり、人間関係や職業、経済的なこと、健康に対して莫大な損害を受けることになる。躁病症状が進行するとしばしば問題行動にもつながり、入院と行動制限を要する。軽躁病エピソードは持続期間は4日以内でよいが、「ちょっとハイ」と周囲が気づくものの、社会的機能障害を起こすほどではなく、入院にいたりにくい。1年に4回以上の病相を繰り返すものを急速交代型(うつ病、躁病、軽躁病のエピソードのいずれでもよい)と呼ぶ。双極症の経過中に抑うつエピソードと躁エピソードの症状が入り混じる混合状態が出現することがある。とくに混合状態では自殺危険性に注意を要する。

双極症の治療は、患者、家族への心理教育(疾患教育)が前提となり、内容は次のようなものである。

①再発の可能性が高く、各病相への対応のみでなく、経過を考慮した治療が必要

②自殺危険率が高い

③本人は躁病相を本来の自分のあるべき姿と捉えがち(躁病相では病識が乏しい)

④睡眠不足により躁転する可能性があるため睡眠-覚醒リズムを規則正しく保つこと

ここで、普段眠っている夜間の時間帯に眠らず自ら覚醒を維持する(すなわち徹夜する)ことでうつ病などの気分障害の症状を改善させる覚醒療法という治療法があるように、不眠はうつ病発症の危険因子ではなくむしろうつ病には治療的に作用したり、躁転の危険因子となったりすると考えられる。

躁病症状の進行は速く、数時間や数日で進行することもあり、問題行動を伴うため、速やかな治療効果が必須だが、気分安定剤の効果発現には時間を要するので、躁病エピソードに対しては、まずおもに抗精神病剤で躁病症状の早期鎮静を図る。抗うつ剤が処方されていれば速やかに中止する。気分安定剤を併用して、躁病症状の治療だけでなく、エピソードの再発予防のための治療を早期から開始する。まず、躁病エピソードに用いる抗精神病剤について述べる。

定型抗精神病剤

ハロペリドール(セレネース(R)、錠剤、細粒、内用液、注射剤[筋注、点滴静注]:急性躁病に対して必須薬剤。害作用は、錐体外路症状(重症化すると悪性症候群にいたる)やうつ病エピソードへの移行など。

レボメプロマジン(レボトミン(R)、錠剤、散剤、顆粒、筋注)またはクロルプロマジン(コントミン(R)、錠剤、散剤、筋注急性躁病での興奮の鎮静に用いることがある。補助的。流通が停滞している。

非定型抗精神病剤

リスペリドン(リスパダール(R)錠剤、細粒、内用液)急性躁病に一定の有効性を認める。錐体外路症状のリスクもある。必須薬剤。

クエチアピン(セロクエル(R)、錠剤、細粒):代替。ハロペリドールを含む定型抗精神病剤が害作用のためなどにより使えない場合や高齢者ではよく使われる。糖尿病では禁忌。

オランザピン(ジプレキサ(R)、錠剤、口腔内崩壊錠、細粒、筋注:代替。急性躁病に一定の効果を認める。体重増加や糖代謝異常(糖尿病性ケトアシドーシス含む)の害がある。糖尿病では禁忌。

アリピプラゾール(エビリファイ(R)錠剤、散剤、内用液):代替。双極症の躁病相では12mg~24mgを用いる。急性躁病ではハロペリドールやリチウムと同様の効果を認めるとされる。錐体外路症状や胃腸障害が出現しやすい。補助的だが、急性躁病の治療では比較的よく使われる。害作用は、錐体外路症状などが主。

気分安定剤

気分安定剤は、厳密な定義はないが、双極症の再発予防効果を有するとされている一群の薬剤で、躁病相だけでなく、うつ病相、維持療法期のいずれにおいても基本となる。主には炭酸リチウム、バルプロ酸ナトリウム、カルバマゼピン。これら3剤は先天性形成異常の毒性があるため、妊娠の可能性のある女性では禁忌。

炭酸リチウム(リーマス(R)、錠剤:双極症の躁病相、うつ病相ともに使用され、各病相の再発予防効果があり、抗うつ剤に反応しにくい難治性うつ病のリチウム強化療法にも使われる。衝動性や攻撃性が目立つ躁病エピソードでは不可欠。

主な害作用は、胃腸系害作用(嘔気嘔吐、食欲不振、下痢、腹痛。通常一過性)、徐脈や洞機能不全症候群、腎機能障害・多尿(一部の患者で永久的に尿濃縮機能が障害)、長期的リチウム治療により甲状腺機能低下症が生じることがある。第1三半期(妊娠最初の3か月)中に服用すると胎児の心形成異常(三尖弁のエプスタイン奇形)のリスクがある。重要な害反応としてリチウム中毒もあり得る。リチウム中毒の初期の徴候は、粗大振戦、構音障害、運動失調、消化器症状、心血管系の変化、腎機能障害など。遅発性の徴候は、意識障害、筋線維束攣縮、ミオクローヌス、痙攣発作、昏睡など。妊娠中や妊娠の可能性のある女性では禁忌。

リチウムは有効濃度と中毒濃度が近いので、リチウム中毒の予防のために適宜血中濃度測定が必要で、甲状腺機能検査や腎機能検査も行う必要がある。害が多いが、血中濃度測定をすることで安全に使うことは可能。双極症の急性期、再発予防どちらでも必須薬剤

バルプロ酸(バルプロ酸ナトリウム)(デパケン(R) 錠剤、徐放錠、シロップ;細粒)成人の急性躁病に有効性を認める。リチウムが使えない場合の代替でもあり、双極症の治療では必須薬剤。

主な害作用は、肝毒性、神経毒性(倦怠感、協調運動失調、鎮静作用、手指振戦)、血液学的毒性(血小板減少症、血小板機能障害)、その他(吐き気、体重増加など)。まれに出血性膵炎、無顆粒球症、血小板減少や高アンモニア血症も生じ得る。多嚢胞性卵胞症候群もあり得る。神経管閉鎖不全(葉酸補給が必須)などの先天性形成異常のリスクもある。妊娠中や妊娠の可能性のある女性では禁忌。

カルバマゼピン(テグレトール(R) 錠剤、細粒急速交代型双極症の治療などで有用で、リチウムが使えない場合の代替でもあり、必須薬剤。主な害作用は、神経学的(傾眠、めまい、失調、複視、かすみ眼など)、血液学的(非常にまれに重篤かつ非可逆的な赤血球、白血球、血小板あるいはそれらの合わさった減少)、皮膚の害作用(蕁麻疹や瘙痒性紅斑性薬疹、スティーブンス・ジョンソン症候群、中毒性表皮壊死症など)、低ナトリウム血症など。また他剤の血中濃度を低減する可能性がある。神経管閉鎖不全などの先天性形成異常のリスクがある。妊娠中や妊娠の可能性のある女性では禁忌。

(気分安定剤服用中の献血の可否について、医問研医師会員から質問があったが、炭酸リチウムの有効血中濃度が概ね0.5-1.2mEq/Lであり、輸血量と循環血液量とを比較すると炭酸リチウム服用中での患者さんからの輸血によるリチウム中毒のリスクは無視しうる、そもそも有効血中濃度にも達しないと考えられる。バルプロ酸ナトリウムやカルバマゼピンでも通常の輸血量では害作用が出現するほどの血中濃度が得られるとは考え難い。そもそも有効血中濃度のレベルにも達しないと考えられる。)

最近数年間ほどで、様々な抗痙攣剤や非定型抗精神病剤が気分安定剤としての効果を謳い、実際に適応拡大したものもある。多くは製薬企業の適応拡大による販売拡大戦略と考えられ、警戒を要す。

不安症群(不安関連障害)用剤

不安は、われわれの体内にある警報装置で、われわれに注意を喚起する。行動のための原動力といえる。適度な不安は必要だが、過度になると不快な緊張感や心配、動悸や吐き気、頭痛などの身体症状を伴い、日常生活が困難になることがある。(ヤーキーズ・ドッドソンの法則:図を参照。)コントロールできない不安を起こすのは出来事自体ではなく、出来事に対する考え方(認知)である。不安が苦痛となるほど高まり、生活機能障害を生じる場合、不安症群(不安関連障害)と診断される。

不安症群には、限局性恐怖症やパニック症、全般性不安症などがあり、その近縁疾患として強迫症および関連障害群や、心的外傷およびストレス因関連障害群(心的外傷後ストレス障害PTSDを含む)があり、後2者はDSM-4までは不安関連障害に包括されていたが、DSM-5では独立した疾患群となった。これらの治療は総論として、薬物療法の前に認知行動療法などの非薬物療法を試みるべきである。

認知行動療法(CBT)

認知行動療法では、ストレスを感じた具体的な出来事を取り上げて、その出来事が起こった時に「頭の中に浮かぶ考え(認知)」、「感じる気持ち(感情)」、「体の反応(身体)」、「振る舞い(行動)」、という4つの側面に注目する。ストレス反応の4つの側面は互いに影響を及ぼし合っていて、悪循環を生み出すことが多いため、自分のストレス反応のパターンに気づき、さらなる悪循環に陥らないように調整していくことをめざす。認知行動療法における行動面へのアプローチとしては、生活リズムを整えたり、喜びや達成感がある活動を増やしたりして、物事への回避や先延ばしを減らす「行動活性化」の技法が使われる。また、認知面へのアプローチとしては、出来事に対する考えを見直したり、考えの幅を広げたりすることで気分を楽にする「認知再構成」という技法が使われる。

不安症群や近縁の病気に特徴的なコントロールできない症状は、その症状に対する本人の認知の歪みがあるので、症状と認知や感情の悪循環を断ち、認知を修正し、腹式呼吸など呼吸法も使いながら適応的な対処法を習得する。治療者(医師や臨床心理士)は認知の歪みと感情や行動の悪循環を指摘し、当事者は感情や行動を記録しつつ対処法を習得していく。多くの場合、治療者との面談だけでなく、自身で取り組む「ホームワーク」(宿題)なども平行しながら進めていく。

害作用がほとんどなく、薬物療法の効果は薬剤服用期間中にほぼ限られが、CBTによって適切な対処法を習得すれば効果が持続し、再発しにくい。CBTのデメリットとしては、状態が悪い時は治療ができないこと(状態が悪いと認知が歪み、思考力が低下するため効果が得られにくい)、時間と労力に見合った診療報酬でないので、CBTを行う医師や医療機関も限られ、しばしば自由診療となって自己負担が高くなりやすいことが挙げられる。認知行動療法に向かない人は、うつ症状などが強い人、治療に対して前向きではない人、いまの状態を変えたくない人など。

薬物療法

特に、パニック症ではパニック発作を繰り返して社会生活にも支障をきたすので、パニック発作や急性不安の症状緩和のためには、ベンゾジアゼピン剤の頓用か期間限定での定時服用が必要な場合がある。維持薬物治療としてSRI(セロトニン再取り込み阻害剤)を用いざるを得ない場合がある。

ベンゾジアゼピン系薬剤:抗不安作用、鎮静作用、抗痙攣作用、筋弛緩作用を有し、これらすべての作用が臨床的に用いられる。頓用か、短期間限定での定時服用が必要な場合がある。

ベンゾジアゼピンの離脱症状:不安、易刺激性、不眠、振戦(震え)、発汗、食思不振、吐き気、下痢、腹部不快感、嗜眠、倦怠感、頻脈、収縮期高血圧、うつ病、妄想、せん妄、発作などが生じ得る。主な害作用は、鎮静と遂行能力における障害(倦怠感と眠気、記銘と想起の障害、協調運動の障害、認知機能の障害)、記憶に対する影響(一過性の前向性健忘)、脱抑制(怒りの爆発や攻撃性など)、抑うつ、呼吸障害。

ジアゼパム(セルシン(R) 錠剤、散剤、注射(筋注、静注)):抗不安剤の原型。抗不安・催眠作用、筋弛緩作用、抗痙攣作用がある。アルコールやベンゾジアゼピン剤の離脱治療にも不可欠で、緊張病性昏迷などにも一定の効果が得られる場合がある。必須薬剤。不安障害では急性の不安、パニック発作を主な標的として、慢性使用は避ける。

ロラゼパム(ワイパックス(R)錠 ;注射剤は本邦未発売):半減期が比較的短い。短期間限定の代替剤。

実臨床では作用時間や力価を考慮してベンゾジアゼピン剤2-3剤を使い分ける。

SRI(セロトニン再取り込み阻害剤)エスシタロプラム(レクサプロ(R)はSRIの中では効果と安全性のバランスが比較的取れている。パロキセチン(パキシル(R)錠)は、賦活症候群として、暴力・他害行為、自傷行為・自殺行動など、他のSRIと比べて多く重大な結果を生じうる。SRIのなかでは最終選択とすべきと考える。

精神科医 梅田