臨薬研・懇話会2025年2月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」
第85回 (2025.2.2) 報告
エビデンス構築と早期供給のトレードオフ─EU医薬品庁の「適応力のある経路」 (adaptive pathway )などを題材に考える
薬機法改正について議論してきた厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会の取りまとめが1月10日に公表された。薬事承認を待てない患者に革新的新薬を「探索的試験で臨床的有用性が合理的に予測可能な場合」に条件つき承認するとしている。2月12日には薬機法改正の条文が公表され、この条件がリアルワールドデータ(観察研究データ) によるものでクリアできるとしている。
今回はEUのadaptive licencing/ pathways について、EU医薬品庁の指導的官僚であるEichler が詳しく解説した長文の論文と、フランス・パリで出版されるプレスクリル誌他によるadaptive licencing/ pathways に対する批判的見解を題材に、日本で直近の制度部会取りまとめが提起している問題について洞察をすることにした。
最近、EU医薬品庁がアルツハイマー病関連薬レケンビの適応を狭め薬事承認する方針を示したが、これは adaptive licencing の手法であるまず狭い適応で承認し、エビデンス構築に従い適応を広げるとの施策に合致した一面があり、そうした関心からも時宜を得たテーマ・題材と考えた。
1) H-G Eichler et al. From adaptive licensing to adaptive pathways: Delivering a flexible life-span approach to bring new drugs to patients. Clinical Pharmacology &Therapeutics 2015 ; 97: 234-46. (適応力のあるライセンシングから適応力のある経路へ: 新薬を患者に届けるための柔軟な ライフスパン・アプローチを提供) 無償フリーアクセス文献、アクセス日2025.2.15。
筆頭著者・通信責任著者: H-G Eichler 30人を超す多彩な共著者 2014年12月1日受稿 2014年12月4日受諾 オンライン先行公開 2015年2月4日のスピード掲載。
2) Prescrire誌英文ウェブサイト “Adaptive licensing” or “adaptive pathways”:Deregulation under the guise of earlier access. (適応力のあるライセンシング」あるいは「適応力のある経路」: 早期アクセスを装った規制緩和? 2015年10月、アクセス日2025.2.15)。
3) 厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会の取りまとめ文書、及び この件で最終の制度部会となった2024.12.26の資料・議事録などの公表 (2025.1.10)。薬機法改正条文の公表 (2025.2.12 アクセス日2025.2.15)。
1. H-G Eichler文献
原文抄録
アダプティブ・ライセンシング(AL)の概念は、大きな関心を集めている。しかし、その実現可能性に懐疑的な意見もある。また、ALの焦点と名称を拡大すべきだと主張する者もいる。このような継続的な議論を背景に、我々は、将来的にアダプティブ・パスウェイズが望ましいアプローチとなる可能性が高い環境の変化について考察する。主な推進要因としては、有望な治療法へのタイムリーなアクセスを求める患者ニーズの高まり、治療集団の細分化をもたらす新たな科学、製品アクセスに対する支払者の影響力の高まり、医薬品開発の持続可能性を確保するための製薬企業/投資家に対する圧力などが挙げられる。また、適応力のあるパラダイムを可能にする多くの環境変化についても議論する。患者にイノベーションをもたらすためのライフスパン的アプローチは、アクセス対エビデンスのトレードオフに対処し、医薬品開発のリスクを軽減し、患者にとってより良い転帰につながることが期待される。
原文の記載から
我々はALの概念を以下のように定義した。アダプティブ・ライセンシングとは、医薬品と生物製剤の規制に対する、前向きで計画的かつ柔軟なアプローチである。不確実性を低減するためのエビデンス収集と、それに続く規制評価およびライセンス適応の反復段階を通じて、ALは、患者へのタイムリーなアクセスと、より良い情報に基づいた患者ケアの意思決定ができるように、有益性と有害性に関する適切な進化する情報を評価し提供する必要性とのバランスをとることにより、新薬が公衆衛生に与えるプラスの影響を最大化することを目指す。
ALでは、開発プログラムが再構築され、典型的には ( typically )(必ずしもそうではないが ( but not necessarily ))アンメット・メディカル・ニーズ ( 充足されない医学的必要性 ) の高い限られた集団に対して、より小規模な初期臨床試験に基づき、新規化合物の早期承認と適用が可能となる。承認された適応症、適用範囲、治療価値は、新たな有効性と安全性のデータに基づいて治療集団が拡大または制限されるにつれて、臨床開発経路のいくつかの時点で再検討されることになる。
ある患者代表の言葉を借りれば、「誰も買えない、あるいは遅すぎる最も安全な医薬品は、患者にとって何の利益もない」(HTAi政策フォーラム2014、ワシントンDC)。患者グループはますます情報を得、組織化され、場合によっては臨床研究に資金を提供し、主導権を握ろうとするようになっている。
RCTは、潜在的な反応性を持つ集団を充実させ、予想される効果の大きさが増大するにつれて、小規模になる可能性がある。これは、試験の実施にかかる時間とコストを削減できるため、歓迎すべきことである。しかし、稀な有害事象を検出する能力は、観察される患者数の関数である。有効性が早期に示されるため、臨床試験の総患者数が減少すると、最初の市場承認と保険適用時には、安全性に関する知識ベースが小さくなる。適応力のある経路は、事前に定義されモニターされた患者使用グループ内で、安全性に関する段階的な学習を予測する。従って、適応力のある経路は、安全性の不確実性が受け入れられている患者に対して必要な安全性データを開発するのに役立つ。
エビデンスのレベルは変異グループによってかなり異なり、不確実性は時間の経過とともに漸減していく必要がある。このことは、(欧州の)規制当局とスポンサーの間で合意されたエビデンス開発計画に反映されており、個々の患者サブグループについては、従来のRCT、クロスオーバー試験、または非対照のケースシリーズが想定されている。非常にまれな変異の一部に対するベネフィット・リスク情報は、製品ライフスパンのかなり後期に、リアルワールドデータに基づいて初めて得られることが考えられる。
2. プレスクリール誌他による批判
共同ブリーフィングペーパー 「適応力のある経路」は公衆衛生の観点から多くの懸念を提起する。本声明に賛同する団体は、長年にわたりEUの医薬品規制の動向を注意深く監視し、「適応力のある経路の概念」に対する批判を提唱してきた。 適応力のある経路の導入は、真に公衆衛生上の必要性が存在しない場合であっても、時期尚早の製造販売承認が原則となり、EU市民の健康を不必要に危険にさらす事態を招きかねない。
医薬品規制の基礎として、医薬品の販売承認前に確かな有効性と安全性のエビデンスが必要であることを維持することの重要性を強調する。
製造販売承認は医薬品規制の要である。販売許可を得るためには、企業は自社の医薬品が特定の適応症や症状に対して有益性と有害性のバランスが取れていることを証明する必要がある。不釣り合いな副作用を伴わずに、疾患の治療、症状の緩和、将来の疾病予防に有効であることを証明するためには、臨床試験のエビデンスが必要である。しかし、既存の治療法に対する治療上の優位性の証明は要求されていない。
「適応力のある経路」は、医療技術評価機関、医療専門家、患者といった他の利害関係者を産業界がコントロールすることを可能にする。
プレスクリール誌の調査と評価では、条件付きで承認された医薬品のほとんどが患者のニーズを満たしておらず、3 分の 1 以上でエビデンスが不十分であることを示している。
過去 10 年間 (2000 年代半ば以降)、希少疾患やさまざまながんの治療薬としてバイオテクノロジーで製造される医薬品が急増した。確立された治療法が存在しない専門市場をターゲットにすることで、製薬会社は飽和状態のブロックバスター市場よりも高い価格を要求することができた。一部のニッチ医薬品は徐々に追加の治療適応症の承認を取得し、年間 10 億ドルを超える収益を生み出し、この新しいビジネスモデルを表す「ニッチバスター」という用語につながっている。
独立した研究で反対の結果が出ているにもかかわらず、メーカーが実施した市販後調査で害がないとの結果が出ている例が多数ある。市販前の二重遮蔽ランダム化比較試験の要件は、市販後には存在しないことが多い不可欠なレベルの科学的厳密さを確立する。観察研究は、患者の特徴の違いが結果に影響を与えることが多く、方法論的基準が少ないため、ランダム化臨床試験よりも質が低い。
数々の有害事象の事例は、市場承認に関する現行の規制の枠組みを弱めるのではなく、むしろ強化する必要があることを証明している。
3. 薬機法改正案件
制度部会取りまとめ文書の公表
1) 希少・重篤な疾患に対する医薬品等に係る条件付き承認の見直し
探索的試験の段階で、臨床的有用性が合理的に予測可能な場合に承認を与えることができるようにすべきである。
2) リアルワールドデータの薬事申請への利活用の明確化
リアルワールドデータの活用については、ランダム化比較試験による厳密なエビデンスの重要性に留意した運用や、信頼性確保に向けた継続的な取組を前提に、臨床開発の効率化にも資するよう、医薬品、医薬部外品、 化粧品、医療機器、体外診断用医薬品または再生医療等製品の承認申請時 の添付資料の規定では、医薬品等の品質、有効性及び安全性に関する資料 とするなど、より一般的な規定に見直すべきである。
取りまとめを行う最終の制度部会となった2024年12月26日の議事録の公表
1) 重元博道総務課長
本取りまとめは、計10回にわたる議論の内容のうち、特に法改正等による制度改正が必要と考えられる事項を中心に取りまとめたものということで「はじめに」というところで整理をしております。
リアルワールドデータの利活用の関係でございます。5ページでいうと15行目あたり、リアルワールドデータのみによる再審査または使用成績評価の申請が可能であることを明確化すべきと整理しております。
2) 福井次矢部会長
本年4月から10回にわたって開催してまいりましたこの部会も、一区切りを迎えました。委員、それから、参考人の皆様に熱心に御議論いただい たことで、よい取りまとめに向けた方向づけができたものと考えております。今後さらに検討が必要な事項もございますけれども、まずは取りまとめを行って、事務局においてはその内容を踏まえた法改正を実現していく方向でよろしくお願いしたいと思います。
参加者のディスカッションから
・ 薬機法改正は2025年1月に召集される通常国会に政府が提案する。厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会の取りまとめに基づき、1) リアルワールドデータのみでも薬事承認申請を可能とする、また2) 「探索的試験の段階で臨床的有用性が合理的に予測可能な場合に承認を与えることができる」、という重大な改正になる。
・ 制度部会が「探索的試験の段階で臨床的有用性が合理的に予測可能な場合に承認を与えることができる」としているが、科学的に探索的試験の段階でそうした予測が可能とは考え難いのでないか。
・ このような重大な薬機法改正が提案されることについての報道・注意喚起が全国紙・業界紙ともにほとんど皆無に近く、医療関係者を含む市民が知らされていない。知らせていくのが第一ではないか。
薬剤師・公衆衛生大学院修士 (MPH) 寺岡章雄