日常診療において、最近小児の水痘(水ぼうそう)流行の減少と、帯状疱疹を感染源とする症例の増加がみられている。また一方、マスコミなどでは大人に対しワクチン接種で帯状疱疹の予防が呼びかけられている。地域の第一線小児科診療所での実情を分析・検討した。
+2000年からの受診数の年次推移において、2014年頃から低下傾向がみられている。感染源は主に保育園ほか不明が多かったが、2020年以降の帯状疱疹を感染源とする症例を検討した。
全国的には2014年の水痘ワクチンの定期接種化以降、流行の減少がみられており、2020年の新型コロナパンデミックにおいて、更に抑制がかかっている(NEWS No.576 p04既報)。
当院での帯状疱疹を感染源とする水痘患者
HZ:帯状疱疹 三叉N:三叉神経領域
2020年は4例、2021年3例、2023年4例、2024年に1例の帯状疱疹を感染源とする水痘がみられた。4組に同じ帯状疱疹患者を感染源とする水痘の同胞間伝染が起こっていた。5,6例目の長兄と7例目の祖母を除き、全て若い子育て中の父母が感染源となっていた。
水痘帯状疱疹ウイルスは年齢に関係なく、初感染は2週間の潜伏期の後に水ぼうそうとして発症する。痂皮化して治癒した後も、知覚神経節に潜伏し続けるが、一度罹患すると水痘にはならない。免疫力は次第に低下していくが、途中でウイルスに暴露されると発症はしないで、ブースター効果により、免疫力が強化される。そのような再暴露がないと免疫力が低下して臨界値を切ると、潜伏していたウイルスが神経線維に沿って活性化し帯状疱疹を発症する。小児の流行に接する機会の多い小児科医に比し、精神科医の罹患率が高いとの疫学研究もある。
図は水痘の流行の周期に対する、帯状疱疹の罹患の周期を示す疫学調査であるが、水痘流行が少ないと、帯状疱疹が増加するという鏡像関係がみられていた。水痘ワクチンの小児への予防接種で流行が減少し、帯状疱疹が高止まりすることが、予防接種の定期化の早かったオーストラリアではその傾向がみられていた。
国内での帯状疱疹は報告の義務付けられた感染症に入っておらず、実態の把握は困難であるが、最近の大規模な疫学調査に宮崎スタディがある。1997~2017 年の21 年間に宮崎県皮膚科医会に属する皮膚科診療所33 施設と総合病院10 施設を受診した帯状疱疹の初診患者112,267 例を分析したもので、80歳までに1/3が帯状疱疹を発症し、再発率は6.4%で60-70歳代の女性に圧倒的に多いとされる。年代別の推移をみると高齢世代では高齢化による。
自然増に留まるが、帯状疱疹発症の若年化がみられ2014年の定期接種化を境に、特に20~40歳代の働き盛りの子育て世代での増加が著しく当院の経験と一致する。
オーストラリアにおける帯状疱疹の増加傾向
Increasing Trends of Herpes Zoster in Australia PLOS ONE | DOI:10.1371/journal.pone.0125025 April 30, 2015 背景
帯状疱疹(HZ)の罹患率の増加傾向が、オーストラリアおよび国際的に報告されている。これは、2005年後半にオーストラリアで普遍的に導入された小児期のVZVワクチン接種プログラムの影響を反映していると考えられる。本研究の目的は、オーストラリアにおけるHZおよびPHNの罹患率の経時的変化と、それに伴う医療資源の利用を評価することである。
方法
オーストラリアにおけるHZの一般診療(GP)受診データ、薬剤給付制度による抗ウイルス薬処方データ、NSW州とビクトリア州の救急外来受診データ、HZの全国入院データを回帰モデルを用いて時系列に分析した。2つの期間(2000-2006年と2006-2013年)を比較したが、これはVZVワクチン接種前後の期間にほぼ一致する。
結果
すべてのデータソースにおいて、HZの罹患率は年齢や時間の経過とともに増加していた。開業医のデータベースでは、1998年から2013年の間にHZの受診率が10万人あたり2.5人、2002年から2012年の間にHZの処方率が年間4.2%増加した。60歳以上の人口におけるHZ発症率は、開業医のデータでは1,000人あたり11.9人から15.4人に、処方箋のデータでは1,000人あ12.8人から14.2人に増加したと推定された(p<0.05
2つの期間間)。入院データでは、80歳以上の年齢層を除き、経時的な増加傾向はみられなかった。HZによる救急受診のほとんどは入院しておらず、経時的に有意な増加を示した。
考察
オーストラリアにおけるHZの負担は大きく、時間の経過とともに増加し続けている。この増加は2005年のVZVワクチン接種の前後で見られ、高齢者層で顕著である。HZの負担が大きいこと、オーストラリアの人口が高齢化していること、健康的な加齢が重要であることから、高齢者に対するHZワクチン接種を検討する必要がある。
社会的損失を増やしている水痘定期接種化
帯状疱疹は中枢神経系、末梢神経系、血管炎・梗塞、眼科系、耳鼻科系での麻痺や感覚障害、治療後も長期にわたり持続する帯状疱疹後神経痛(postoherpe6tic neuralgia:PHN)は患者のQOLを著しく低下させる障害、後遺症を残し社会的、公衆衛生的損失は大きい。
一方水痘の臨床経過は、一般的に軽症で、合併症は健康的な小児ではあまりみられず、1~14歳の死亡率は10万人当たり約1例である。水痘ワクチンは生ワクにもかかわらず、2回接種でも水痘発症をみるなど質が良いとはいえないが、水痘で致命的になる免疫不全や小児がんの病棟での流行を防ぐ貴重な手段ではある。この価値が限定的なワクチンを、営利のために市場拡大し帯状疱疹を増加させていることをみると、社会的利益に貢献しているとは思えない。
入江診療所 入江