ややブームが下火になったが、「HPS」「繊細さん」はポピュラー心理学の用語として定着して、書店の心理学読み物コーナーをHPS関連の本が席捲している。問題点を主に心理学者の飯村氏の論文に基づき検討する。
心理学の研究は、実験法、調査法、観察法などをもとに、ヒトや動物が持つ生物的、認知的、情動的、社会的な特徴などを分析する。しかし、社会で広く知られている心理学の専門用語の中には、学術的な定義や研究知見の範囲を超えて、拡大解釈や着色、誤解が含まれるものもあり、「ポピュラー心理学」と呼ぶ。「通俗心理学」や「似非科学的心理学」と呼ばれる場合もある。よく知られている例は血液型性格診断だ。本来、性格(パーソナリティ)とは生活におけるその人独自の適応の在り方のことだ。日本で血液型性格診断ブームは繰り返されてきた。ネット上などで公開されているいわゆる「心理テスト」もポピュラー心理学の仲間である。実は、誰にでも当てはまりそうな記述を提示した際に自分の性格が言い表されたように感じる錯覚(バーナム効果)なのだが、科学的裏付けはない。しかし、似非科学的な迷信で、血液型を含む性格診断で採用面接が不採用になるなどの不利益を被ることがいまでもある。
「発達障害」という言葉も通俗化して、気が散りやすいなどの自身の特徴を「自分はADHDだから」と悪意なく言う人もいるが、発達障害に関する誤解や偏見、侮蔑などが感じられる場合も少なくないだろう。また一部の精神科クリニックが「脳波でADHDが診断できる」「発達障害を反復経頭蓋磁気刺激rTMSで治療する」という根拠のない診断・治療行為を自費診療で行う問題も生じている。
2020年以降「HSP(Highly Sensitive Person)」がブームになり、現在では「MBTI(Myers-Briggs Type Indicator)」がブームだそうだ。いずれも性格を類型化する点で共通している。まっとうな心理学ではHSPは「良くも悪くも影響を受けやすい」という気質のことでしかない。しかしポピュラー心理学では、HSPは感覚や対人関係などに関わる「生きづらさ」を、学術的に実証されている範囲を超えて広範囲に扱おうとする。現代社会における生きづらさを可視化したとも考えられるが、HSPブームは当事者に不利益をも被らせている。一部のメンタルクリニックは「HSP外来」を設置して、前記のADHDに対するのと同様の、学術的な根拠のない「診断・治療」を行っている。「診断」することでHSPをビジネスにしているのだ。
もう一つ問題なのが、自分をHSPと自己理解することによって、本当は発達障害や精神疾患なのに適切な支援や治療につなげられなくなるおそれがあることだ。また、各地の自治体では、不登校支援や生徒指導等の文脈でHSC(Cはchild子ども)/HSPが公的な文書に用いられ、現場の教員が「この子が不登校なのはHSCだから」とラベルを貼って理解した気になって教育的関わりが阻害されている現状だ。さらに、HSCの「不登校克服セッション」なるセミナービジネスもあり、HSPをめぐる「生きづらさ」搾取ビジネスは、さまざまなところに現在もみられるそうだ。また、HSPはマルチ商法やカルト団体の格好のターゲットでもあるそうだ。
2023年ごろからMBTIを含む投稿がSNSで目立ってきているようだ。「外向型-内向型」「感覚型-直感型」「思考型-感情型」「判断的態度型-知覚的態度型」の4指標に基づき性格を16タイプに分類する。日本でブームになっているのはMBTIモドキだそうだ。妥当性と信頼性が確認されていないが、一部の企業の採用面接で採用されているそうだ。
ポピュラー心理学を訂正しようとすると、ポピュラー心理学を信じている人やそれを利用する側から激しく攻撃されるようだ。しかし、不利益を減らすためにも批判は必要だ。
自身が似非科学に意図せず加担しないためにも、ポピュラー心理学には警戒していきたい。
参考:
飯村周平 ポピュラー心理学の世界 世界 2025年2月号 pp244-255
https://president.jp/articles/-/75671
https://synodos.jp/opinion/society/28603/
日本精神神経学会 rTMSの適正使用について【注意喚起】、2020年9月19日
精神科医 梅田