『ギャンブル脳』
帚木蓬生 著
新潮新書 900円+税
2025年1月刊行
2025年1月14日、FX取引や競馬で損失を出して消費者金融で借金し、その後顧客の貸金庫から総額17億円相当を盗んだメガバンク店長代理が逮捕された。約50の海外インターネットカジノと契約して昨年11月に逮捕された男をトップとするグループは1年余りで延べ約4万人から18億円超を集めた。2025年2月6日、大谷翔平選手の元通訳の水原一平被告が、禁錮4年9カ月と、大谷選手への約1700万ドル(約26億円)の賠償金、内国歳入疔への約115万ドルの税金の支払いを命じられた。被告はスポーツ賭博胴元への借金返済のため、大谷選手の口座から約1700万ドルを盗み、解雇された。ギャンブル障害(ギャンブル依存症、以下、ギャンブル症、本著ではギャンブル脳)の破壊的影響は甚大だ。
ギャンブル脳では、セロトニン低下によって衝動制御が困難となり、ノルアドレナリンとオピオイドは増加して覚醒と興奮の度合いが高まり、ドーパミン過剰によって報酬系の均衡が崩れていますぐの報酬がほしくなる。脳の変化は恒久化して元に戻らない。ギャンブル症は行動嗜癖だが、アルコールを含む物質嗜癖などよりも頭抜けて嗜癖の強度が高い。
ギャンブル症の2大特徴は噓と借金。借金は尻拭いせず、債務処理して本人による返済が鉄則だ。
ギャンブル脳では「三ザル」状態と「三だけ」主義が特徴だ。「三ザル」状態は「見ザル、聞かザル、言わザル」で、自分の病気が見えず、助言も受け付けず、自分の心中を言わない。「三だけ」主義は自分だけ、今だけ、金だけ。子どもを含む家族を財布としか見ず、刹那主義で、犯罪もつきもの。児童虐待、横領等企業犯罪、強盗・殺人などの重大犯罪、最近増えている「闇バイト」にもつながる。著者の診療所の新患の調査(2013年8月から2015年)からの類推では、日本のギャンブル症者がつぎ込んだ総計が70兆円と驚愕的な額となった。
日本は世界に冠たるギャンブル大国だ。パチンコ・パチスロを含むギャンブルの売上は20兆円超。国が算出したギャンブル症の有病率は調査のたびに下がっている(2008年 5.6%、600万人。2013年 4.8%、536万人。2021年 2.2%、196万人)が、米国やフランス、英国、韓国の数倍だ。さらに新型コロナ禍で公営ギャンブル(宝くじ、競馬、競輪、オートレース、競艇、スポーツ振興くじ)がオンライン化して24時間利用可能となり、借金の多額化やギャンブル症の低年齢化を助長しており、すでに有病率が過去の4.8%に逆戻りしている可能性もある。筆者は、政府のオンラインカジノ開設の魂胆を疑うが、夢洲カジノの事業者MGMはオンラインカジノに力を入れており、あり得ない話ではない。胴元は、パチンコ・パチスロは国家公安委員会と警察、競馬は農水省、競艇は国交省、競輪とオートレースは経産省、宝くじは総務省、スポーツ振興くじは文科省である一方で、カジノは民間事業者が運営する。国全体のギャンブルを統制する、超越した部局が必要だ。
夢洲のカジノについては、夢洲の液状化リスクやメタンガス噴出、地盤沈下などからMGMが大阪府市の足元を見ていつでも撤退可能なこと、年間来場者数2千万人というあり得ない想定やギャンブル依存症対策の欺瞞について触れている。
ギャンブル症は進行性で治癒はないが、治療すると進行は止まる。通院と自助グループ(GA)通いが必須だ。目標は思いやり、寛容、正直、謙虚だ。家族のための自助グループもある。
豊富な臨床経験によりギャンブル症についてわかりやすく語られ、ギャンブル症からの回復の希望が見える。また日本では古代から賭博は禁止されてきたが、第二次大戦後に公営ギャンブルが雨後の筍のように現れ、ついに民間への賭博丸投げであるカジノ解禁で国家の理念が変更されたと指摘する。
夢洲カジノをめぐる緊迫した情勢下で必読と考える。
精神科医 梅田