臨薬研・懇話会2026年2月例会
シリーズ企画継続テーマ(デュピルマブとその類縁機序薬剤の有効性・安全性)報告、ならびにトピック話題提供の報告(米国FDAが臨床試験統計手法の近代化:ベイズ統計学の活用に関するガイダンスを発表)
Ⅰ「臨床薬理論文を批判的に読む」第91回(2026.2.1)アトピー性皮膚炎治療剤デュピルマブとその類縁機序薬剤の有効性・安全性(継続テーマ)
アトピー性皮膚炎治療剤デュピルマブとその類縁機序薬剤の有効性・安全性について、2025年6月例会以降継続して討議してきた。しかし、この薬剤の開発企業による臨床試験の進め方などに重大な問題点があり、またそれらを本来は規制監督すべき行政当局が不適切な対応をして機能していないこと、学会も本来の役割を果たしていないことが集積し、公表されている文献がどれだけ信頼できるかなど深刻な問題を生じている。
デュピルマブとその類縁機序薬剤は、アトピー性皮膚炎、難治性気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など名だたる難治性疾患に効果が期待される新薬である。「薬のチェック」誌116号に解説があったように、デュピルマブは、過剰な免疫・炎症反応を抑制する「タイプ2」の薬理作用機序をもつ薬剤であることにその特徴がある。免疫・炎症反応には大まかに2つのタイプがある。タイプ1は、細胞内の異物(ウイルス・細菌・毒素や腫瘍)を排除する反応である。一方タイプ2は、細胞外の異物である寄生虫やアレルゲンを排除し、代謝の恒常性を保ち、組織損傷からの修復を抑制する。アトピー性皮膚炎では組織損傷が大きく、その修復のために過剰な炎症が持続する。タイプ2の免疫・炎症反応ではインターロイキン(IL)4やIL13などのサイトカインが過剰に放出されて強い炎症反応を起こしている。デュピルマブや類縁機序薬剤はサイトカインの拮抗剤として作用し、過剰な皮膚の炎症反応を抑制するため、かゆみや発赤などの症状を軽減する。
この薬理作用機序から難治性疾患へのデュピルマブとその類縁機序薬剤への期待が大きいのだが、先に述べた開発企業や規制当局などの不適正な行動が、本剤の適正な臨床応用を妨げている現状は非常に残念なことである。
当日の討議では、デュピルマブとその類縁機序薬剤の子どもへの使用が広がっている現状があり、特に子どもに使う場合、子どもへの臨床使用の根拠についての詳しい検討が求められるのでないかとの指摘があった。
また、デュピルマブ(遺伝子組み換え)の添付文書にも記載されているプラセボを用いた臨床試験(Placebo Controlled Trial)で、アトピー性皮膚炎成人患者を対象に同一デザインの2つのランダム化プラセボ対照第3相試験(SOLO1およびSOLO2)が行われている。SOLO1には671名、SOLO2には708名が登録された。同じデザインの2つの試験を並行して行ったことについては、再現性を検討する目的と説明されている。この試験での有害事象として、SOLO2試験においてデュピルマブ群で2例の死亡例があり、プラセボ群では死亡例がなかったことが報告されている。N Eng J Med誌に掲載された論文では2件の死亡に関する詳細は補足資料に記載されていると書かれている。当日の参加者からデュピルマブの有害事象の軽視があるのでないか、詳しく知りたいとの発言があった。
本論文の電子版付録には「患者死亡に関する記述(Narratives of Patient Deaths)」の独立した項目が挙げられている。
患者1は49歳の女性で試験開始170日目の2015年10月23日に重篤な有害事象(喘息発作、低酸素性脳症、呼吸不全)を発現した。これらの事象は入院を必要とし、生命を脅かすものであり、試験開始189日目に死亡に至ったため、重篤と診断された。試験の投与期間は16週間、112日であり、投与期間終了後の経過観察での死亡である。治験責任医師(investigator)による因果関係の評価は、治験薬との「関連性なし」であった。患者は1990年から喘息の病歴があった。2015年10月22日まで記録されていた喘息の治療は、自宅でのアルブテロール投与のみであった。患者は2015年7月から坐骨神経痛に対して2種類の非ステロイド性抗炎症薬を服用していた。1990年に双極性障害に対してバルブロ酸が開始された。患者は30年間喫煙していた。2015年10月22日、患者はかかりつけ医(primary care physician)からかゆみ止めとしてジフェンヒドラミン注射を受けたが、この時喘息発作が再燃した。治験薬の投与は2015年5月7日に開始された。事象発生前の最新の治験薬投与は8月19日(試験105日目)であり、その時点で、患者は治験薬を合計16回投与されていた(デュピルマブ300mgを隔週で8回、プラセボを隔週で8回)。事象発生時、患者は追跡調査中で、治験薬の投与は終了していた。
患者2は31歳の男性患者。治験薬投与期間中の試験93日目(2015年8月6日)、患者は重篤な有害事象を経験し、自殺(自殺既遂)として報告された。この事象は死亡に至ったため重大であった。患者はこの事象のため2015年8月6日に死亡した。治験責任医師による因果関係の評価は、治験薬とは「無関係」であった。2015年4月29日のスクリーニング来診で、治験責任医師は、患者がうつ病、自殺企図、または自殺念慮の経歴について言及しなかったと報告した。2015年5月5日のベースライン診察において、患者は精神疾患の既往歴について問診を受け、2014年秋からうつ病を患っており、その主な原因は重度のアトピー性皮膚炎であると報告した。主治医から入手した診療記録には、新たにうつ病と自殺念慮を発症したことが記載されていた(2014年11月14日)。また、患者には自殺の家族歴(祖母)があることも確認された。有害事象前の最新の治験薬投与は2015年7月29日(試験日85)であった。その時点で患者は毎週300mgのデュピルマブを合計13回投与されていた。2015年8月11日、患者の妹が施設に電話をかけ、患者が8月6日薬物の意図的な過剰摂取で死亡したことを報告した。治験責任医師はこの事象はデュピルマブ皮下投与とは関係ないと判断した。患者の家族はうつ病と自殺の原因を生涯にわたる重度の慢性アトピー性皮膚炎に求めていた。
当日の討議においても、これまでも指摘されていたことであるが、プラセボ対照試験で本剤300mgを2週に1回投与(Q2W)群の害作用が28.8%(66/229例)、対応するプラセボ群では18.0%(40/222例)と10%の差があるのに注意されていないのはやはり納得できないとの意見が出された。また臨床試験デザインについて、RCT(ランダム化試験)だけでは信頼性を確保できず、十分なマスキング(遮蔽)をもっと重視していかねばならないとの意見が出された。
Ⅱ トピック話題提供の報告(米国FDAが臨床試験統計手法の近代化:ベイズ統計学の活用に関するガイダンスを発表)
2026年1月12日、米国FDAは「臨床試験における統計手法の近代化に関するガイダンス」を発行した。ガイダンスの内容について、60日間の期限でPublic Consultationの意見募集がなされる。日本でのパブリックコメントに相当する。日本でのパブリックコメントのこれまでのイメージとの違いは、米国のPublic Consultationは行政当局サイドでの完成度が高く、実質的に公表時点でその内容にそった運用が開始される。
今回もプレスリリースと同時にガイダンスの内容について、企業を対象にした大きな分量のDraft Guidance(業界向けガイダンス草案)が公表されている。このドラフトガイダンスはFDAの生物製剤評価研究センター(CDER)と医薬品評価研究センター(CBER)の共同制作によるものであるが、質問はCDERのScott.Goldie(Scott.Goldie@fda.hhs.gov)に直接でもどうぞと書かれている。
FDAニュースリリース 2026年1月12日
FDA、臨床試験における統計手法の近代化に関するガイダンスを発表
米国食品医薬品局(FDA)は本日、医薬品および生物製剤の臨床試験におけるベイズ統計手法の活用を促進するためのガイダンス案を発表した。このガイダンス案は、医薬品開発者が利用可能なデータをより有効に活用し、より効率的に臨床試験を実施し、安全で効果的な治療をより早く患者に提供することを支援するものである。
FDA長官のマーティ・マカリー医学博士(公衆衛生学修士)は、「ベイズ統計手法は、医薬品開発における2つの最大の課題、すなわち高コストと長期にわたる開発期間の解決に役立つ。最新の統計手法に関する明確な情報を提供することで、スポンサーはより多くの治療法と有意義な治療をより迅速かつ手頃な価格で患者に提供できるようになる」と述べている。
ベイズ統計手法は、従来の統計手法とは異なる枠組みを用いている。ベイズ解析では、試験データと関連する事前情報を組み合わせて、推論に使用できる新しい分布を作成し、安全性と有効性に関する結論を導き出す。
本ガイダンスは、ベイズ法の適切な使用に関する推奨事項を示しており、これらの手法を主要な推論をサポートするために使用することに重点を置いている。ベイズ法は、患者数が少ない希少疾患や小児疾患をターゲットとする治験依頼者にとって特に有益となる可能性がある。
本ガイダンス「医薬品および生物学的製剤の臨床試験におけるベイズ統計手法の利用に関する業界向けガイダンス」の公表は、処方薬ユーザーフィー法(PDUFA)VIIにおけるFDAのコミットメント(委託行為)を満たすことを目的としている。
当日の議論から
討議の参加者の中から、ベイズ統計学の成り立ちにも関わる異論が出された。ベイズ統計学は過去のものとなっていた筈なのに、最近のロバート・ケネディ・ジュニア氏の第2次トランプ政権の保健福祉長官就任で生じている動きの一環をなすものでないかとの指摘である。
そのような次第で、その内容について落ち着いて検討する状況ではなくなり、打開策として今回のFDAガイダンスについて、BMJ誌ウエブサイトにPeter Doshi氏が「FDAが今やベイズ統計学に道を開く:(意義のある)変革をもたらす(transformational change)か、それとも新たなパンドラの箱か?」の論説を寄稿、それに対するRapid responseが1つ掲載されているのでそれらに目を通し、それらを踏まえてあらためて議論することになった。
その後筆者が次のRapid responseを読んで、これは医問研の勉強会として今後の地に足が着いた議論を行う良い材料になると考えるので紹介する。
「編集者様 MD レベッカ・テナハス(スペイン)
FDAのベイズ臨床試験は、事前確率が臨床的に判読可能で、不確実性のより高度な開示ではなく、より明確な開示がなされる場合にのみ、承認を迅速化できる可能性がある。FDAのドラフトガイダンスは、医薬品および生物学的製剤の中心的な(pivotal)試験における一次推論にベイズ的手法を用いることを推奨している。このガイダンスは、真の機会と真の危険(real opportunity and hazard)を同時に捉えている。プライマリケアでは、承認後も長きにわたり規制上の不確実性に悩まされる。患者が試験から除外されるのを目の当たりにし、多剤併用療法や多重疾患を管理し、統計的な主張を患者が理解できる決定へと変換するために診察時間を費やす。ベイズ的アプローチが、規制当局が儀式化された「統計的有意性」から脱却するのに役立つのであれば、それは歓迎すべきことである。しかし、「ベイズ的」(Bayesian)という表現が、モデリングの選択肢を曖昧にするラベルになってしまうと、エビデンスの生成と臨床的説明責任の間の隔たりを広げるリスクがある。
中心的な問題は、推論がベイズ的か頻度主義的かではなく、分析が規律があり判読可能であるかどうかである。事前情報は真の外部知識を符号化できる一方で、静かなてことしても機能する。事前情報が「弱い情報量」と表現される場合、その影響が分かりやすい用語(例えば有効サンプルサイズ)で定量化され、事前予測チェックと明示的な事前データとデータの矛盾評価が伴わない限り、臨床医はそれが何を意味するのか判断できない。FDAのドラフトガイダンスでは事前情報の選択の重要性が認められているが、これが学習のためのツールとなるか、説得のためのツールとなるかは、実践的なガイドラインによって決まる。
フェーズ2の情報をフェーズ3の解析に「借用」するという提案には、特に注意が必要である。FDA自身によるフェーズ2とフェーズ3の結果が乖離した22の事例のレビューは、初期のシグナル(多くの場合、代替アウトカムと選択された集団に基づく)が確認試験を通過できないことが多いことを改めて示している。フェーズ3の結果をフェーズ2の楽観的な方向に引き寄せるベイズ的借用は、フェーズ3の独立したチェック機能そのものを弱める危険性がある。借用法を用いる場合は、デフォルト(初期設定)で保守的であり、事前に規定され、懐疑的事前分布と相応事前分布の様々な範囲でストレステストを実施し、結論がどのように変化するかを明確に報告すべきである。
最後に、透明性は学術的な嗜好ではなく、安全性に関する機能として扱われるべきである。ICH E9(R1)における推定値と感度分析に関する規律は、仮定を明確かつ検証可能にするための規制上の先例を提供している。この文化をベイズ事前分布にも拡大し、公開プロトコル、共有コード、従来の分析との並列比較を行うことで、承認の迅速化が規制当局から臨床医や患者へと不確実性を移転させるだけにならないようにすることができる。FDAの協議期間が活用され、これらの安全対策が日常診療に根付くことを願っている。」
薬剤師・MPH(公衆衛生大学院修士)寺岡