2月例会に、私の身近の方々も持っている病気であり、フジテレビの脳外科医が主人公のドラマ「ヤンドク」の第7話に出てくる「頸動脈狭窄症」について報告しました。このドラマは、ある女性が頸動脈の狭窄を広げる「ステント治療」をした後に、中大脳動脈の梗塞を起こしたが、開頭手術で助かったというストーリーだったようです。
頸動脈は脳や眼など、頸から上を栄養している動脈ですが、片方が詰まっても、元々ある左右の動脈をつなぐ血管などの側副路によって守られているようで、狭窄だけでは目立った障害が出ない場合が多いようです。狭窄による障害は主に、血流が悪くなり、血液が固まり血栓ができ、それが末梢側の脳血管に詰まって、脳梗塞を起こすことで生じます。また、脳梗塞より少ないですが、狭窄のある方の眼を栄養している動脈が詰まって、片方の「盲目」を起こすことも眼科では良く知られているようです。
それらが一時的に起こりすぐ回復した場合には、一過性脳虚血発作transient ischemic attack (TIA)や、一過性単眼盲Transient Monocular Blindness (TMB)と呼ばれています。
狭窄があっても、全く症状がない場合は、コクランレビュー【2020年】1)では、血管の頸動脈内膜剥離術(以下:手術)により中等度の狭窄以上で一定の効果があるが、75歳以上では効果は明らかでない、とされており、別のデータでは10年間で数%の利益があったとされています。症状がない狭窄での手術はまだ論争の余地がありそうです。
他方で、先ほどのTIAやTMBを起こして頸動脈狭窄が発見された場合には、狭窄が30%以下では手術は脳梗塞や死亡を増やします。しかし、同50-60%では明らかに効果があり、リスクは0.8に減少、70-99%では実に0.5%に減少させます。(下表)
しかし、このデータには重要なことが抜けています。TIAが生じた時期から手術までの期間です。ガイドラインでは、症状が出て2週間以内に手術した方が良いとの記述があり、手術時期の論議は48時間以内か1週間以内かでなされています。2)
この理由が大変重要に思われます。なぜなら、コクランレビューによると、50%以上の閉塞全体での手術の効果は、4週を過ぎると、5年間に脳梗塞や死亡を防ぐのはわずか5%、12週以上では0になります。(下表)

手術が遅くなるにつれ効果が減少する理由は何でしょうか?それは、下表のようにTIAやTMB症状が生じると、その後の脳梗塞などの発症は、日が経つにつれ急速に減少してゆく(=早期程発症率が高い)からです。TIAやTMB発作から時間が経てばたつほど脳梗塞発症率は低下するのです。しかしながら、このことは、日本の解説書などでほとんど触れられていませんし、患者にも周知されていないように思えます。下表は、一日当たりの脳梗塞や死亡の発生率のデータです、TIAやTMBの発作後一日以内では2.7%、3日以内1.8%、14日で0.8%、90日で0.21%と日と共に発生率は激減します。 このようなデータは他にも出ています。
別の論文では、狭窄率が70-99%以上の狭窄の場合には、12週経ていても、脳梗塞や死亡のリスクは手術により5年間で8.9%減っています。しかし、手術が、2週以内では30%、4週以内で17%のリスク減ですので、遅くなっては手術の意義は格段に低くなります。
TMBの方では、強い狭窄・男性・75歳以上などのリスクが高い人では、手術により3年間で24%から10%のリスクに、14%低下させたとのデータがあります。
しかし、これらのリスク中の生活支援が必要な障害・死亡は、その内の18%とのデータがありますので、3年間での利益は、14×0.18=2.5%になります。一人を救うための必要な手術数は(1÷0.025=)40人です。
これらのデータを知らされ、患者は手術を受けるかどうかを決めるべきです。
なお、以上のデータは頸動脈を開く手術によるもので、ステント治療のデータではありません。ステントを否定する意見が多いのですが、両者は同じとのデータも一部にあります。また、少なくとも女性での手術の利益は格段に小さいこともわかっています。ドラマ「ヤンドク」でステント治療を受け、死亡しそうな事故にあった女性が、ステント治療の前に、そのような数字を含めて説明を受けていたのだろうかとの疑問が残ります。
1)https://doi.org/10.1177/23969873211012121
2)Neurosurgery 85(2):p E214-E225, August 2019.
はやし小児科 林

