スイスに乳児死亡がチェルノブイリ事故以後、1.175(オッヅ比)倍、女性が特に増加する(NEWS No.589 p06)

’Sex-specific Infant Mortality Trends in Switzerland (1950 – 2022) and Test of the Null Hypotheses of No Trend Changes after the Chernobyl Accident in 1986. J Womens Health Care Manage, Volume 5:3’

ドイツのHagen Scherb 氏が、チェルノブイリ事故がスイスの乳児死亡を増加させ、男女に異なる影響を与えているとの論文を発表しました。

人類の基礎である遺伝への放射線障害を考える上で大変重要な論文です。シェアプ氏から多くの人に拡散するよう要請されました。簡単ですがご紹介します。詳しくは本文をご覧ください。

<なお、今回の論文では、「Sex odds ratio =SOR=性オッヅ比」が出てきますが、これは 例えば、「死産/生産」の、男/女の性オッヅ比が1.3088なら、死産が男の方が女の1.3088倍(オッヅ比)であることを示しています。>

まず、具体的なデータから見てゆきます。

下図は、縦軸がスイスにおける総(男+女)乳児死亡率、横軸は1950年から2022年の年です。小さい●は生産児に対する乳児死亡率の実数、実線は死亡率の数字から得たロジスティック傾向線です。これらは、この図では小さすぎてよく見えませんが、1950年から1986年までは単調に下がり続けていた死亡率が、1987年以後急に増加し、再び徐々に下がっています。

小さい図ではわかりにくいので、上図の一部を拡大しました(次の図)。上図と同様に、●は実際の乳児死亡率です。実線は、それらのロジスティック回帰線です。点線は1975年から1986年までの曲線から推定される1987以後の死亡率の推移です。この点線の傾向線と比べると、実際の死亡率(●)は1987年で急増し、そのまま2022年まで、継続して上回っている(=死亡率の増加)ことが分かります。

次に、男と女で、この増加率を比較します。(生産児に対する乳児死亡率を比べています。(下図)チェルノブイリ事故までは、乳児死亡が、男は女の1.3088倍(性オッヅ比:男/女)でしたが、1987年以後では男は女の1.2156倍に下がっています。

男女合わせたに死亡率は、1.175倍に増加していますが、男は1.0167倍、女は1.187倍と女の方が一層増加していることを示しています。これは、女性の方が胎内で放射線に傷つきやく、出生しても障害を持っている児が多く、死亡する率が高くなっていることを示しています。

著者は、「結果と考察」で以下のように述べています。要約するのが難しいのでそのままの文章で紹介します。

【ドイツの奇形と同様に、スイスで見られたこの遺伝的現象は次のように解釈できる: 汚染されていない女児は、男児よりも出生後の致死的リスクが低いのである。この「傷つきやすい女性効果」は、1.05という自然な第二次性比の説明にもなるかもしれない:ヒトの第一次性比は1.0と思われ 、傷つきやすい女性の胎生期と胎児期には、出生時に女児が不足する。妊娠中と同様、出生後も、汚染された女児はより脆弱であることが証明された。なぜなら、スイスのチェルノブイリ事故後の乳児死亡率は、男児に比べて女児が7.7%近く増加したからである。これらの知見は、放射線被曝の条件下でヒトの遺伝的性連鎖障害が増加したことを示すとの、これまでの観察結果を裏付けるものである。最後に、1970年および/または1986年以降にスイスで確認された遺伝的影響は、必ずしも原爆放射性降下物やチェルノブイリだけによるものではないことを強調しておく必要がある。スイスの人口のかなりの部分は、主要な原子力施設の周囲35km以内に住んでおり、そこから排出される持続的な放射性廃液が、潜在的な父親とその影響を受けやすい女性の子孫に、不顕性ではあるが累積的な遺伝的健康被害を引き起こす可能性がある。】

最後の文章は、著者らがドイツの原発周辺での小児白血病の増加を証明した「KiKK研究」、とも関連させています。この研究によりドイツの原発廃止への道が大きく前進したと言われています。

最後に、論文の全体像を知ってもらうために、論文の要旨をご紹介します。

【背景: 1986 年 4 月のチェルノブイリ事故後、スイスでは 2005 年までの累積放射線量は約 3,500 シーベルトで、1 人あたり年間 25 μSv に相当する。チェルノブイリ放射性降下物の影響を受けた多くの国で、死産、周産期死亡率、先天性奇形が線量依存的かつ性別特異的に増加した。しかし、性別の乳児死亡率はあまり注目されていない。このレポートの目的は、スイスの性別の乳児死亡率の長期的傾向 (1950 年 – 2022 年) を調査し、1986 年のチェルノブイリ事故前後でその傾向に変化がないという帰無仮説を検証することである。

方法: 1950 年から 2022 年までのスイスの性別の 1 歳未満の年間生産数と乳児死亡数 は、(スイス)国民の死亡率データベースから取得した。ロジスティック回帰を用いた全体、女性、男性の乳児死亡比率の時系列分析が行われた。1987年以降の年間死亡率および乳児死亡対生産数、性別オッズ比(SOR)の起こりうる急激な変化が推定され、テストされた。

結果:1950年から2022年までの全体的な乳児死亡比率は1.13%(女性0.99%、男性1.27%)であり、つまり、6,186,134人の生産数のうち69,905人が乳児死亡であった(女性3,010,130人中29,677人、男性3,176,004人中40,228人)。スイスでは、1950年から1986年までの推定で単調な長期的下降傾向にあった女性および男性の乳児死亡率の合計が、1987年に急激に増加した。1987年の急上昇ORは、95%信頼区間およびp値で、女性+男性の合計死亡率に対して1.175 (1.102, 1.253) p値 < 0.0001、女性: 1.187 (1.095, 1.287) p値 < 0.0001、男性: 1.167 (1.078, 1.262) p値 0.0001だった。 1950年から1986年までの期間の乳児死亡率SOR(性オッヅ比)は1.307(1.283、1.331)と比較的安定していたが、1986年以降は継続的に減少し、2022年には1.134となった。これは、10年間の性別と期間の相互作用ORが0.960(0.939、0.982)、p値0.0003であることによる。(わかりづらいですが、本文では「この男女格差が10年ごとに約4%ずつ有意に減少していることを意味している:OR 0.960(0.939、0.982)。」と表現している。)

結論:1987年のスイスの乳児死亡率の急上昇と、チェルノブイリ事故後の期間における乳児死亡率と生産数の性オッヅ比 SORの年間変化は、性別による放射能汚染の影響の可能性を示しており、チェルノブイリ事故後の性別に関連する有害な放射線による遺伝的影響が増加したという以前の調査結果を裏付けている。】

原著は‘Hagen Scherb Sex-specific Infant Mortality Trends in Switzerland ‘ で検索してください。

はやし小児科 林敬次