臨薬研・懇話会2025年4月例会報告 シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」 第86回 (2025.4.6) 報告(NEWS No.596 p02)

臨薬研・懇話会2025年4月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」
第86回 (2025.4.6) 報告

アルツハイマー病用剤レカネマブ・ドナネマブの販売承認・保険償還をめぐる葛藤—
レカネマブのオーストラリア医療製品管理局 (Therapeutic Goods Administration: TGA)とエーザイとのやり取りの事例を中心に

医薬品をめぐるあらゆる分野で規制緩和が進められ問題山積みの状況ですが、医薬品販売承認・保険償還の分野では国際的に、以前2023年2月例会で取り上げたアルツハイマー病用剤レカネマブ  (lecanemab、エーザイ、日本商品名レケンビ) が、なお焦点となる状況になっています。

オーストラリア医療製品管理局 (Therapeutic Goods Administration: TGA) がエーザイ株式会社にレカネマブの適応を狭めて承認を 提案、これにエーザイが反発して拒否している問題を中心に、イーライリリーの同効のモノクロナール抗体製剤ドナネマブ ( donanemab、日本商品名ケサンラ ) の動向も含めて取り上げました。

2024 年 10 月 16 日、オーストラリアTGAは、アルツハイマー病による軽度認知障害 (Mild Cognitive Impairment: MCI) および軽度アルツハイマー型認知症 (初期アルツハイマー病) の患者の治療薬としてレカネマブ (LEQEMBI) を登録しない決定を下しエーザイに伝えました。

TGAが登録を拒否したのは、実証された有効性がこの薬の使用に関連する安全リスクを上回らないことが主要な理由です。特に、臨床試験データでは、レカネマブで治療された患者はプラセボを投与された患者と比較して病気の進行が軽減したことは実証されましたが、この差は、意味のある臨床的利益をもたらすほど、また関連する安全リスクを上回るほど重要ではないと判断されました。特に、TGAは、レカネマブで治療された患者にアミロイド関連画像異常 (ARIA: amyloid-related imaging abnormalities) が頻繁に発生する危険性を考慮しました。

Eisai Australia は、1989 年医薬品法第 60 条に基づき、この決定の再審査を要請しました。要請された場合、60日以内にその結果が示されます。2025年3月3日、TGAは登録しない決定を再確認し公表しました。エーザイはこれに反発し、「行政審査裁判所による審査を求める可能性も含めたあらゆる対応を検討する」としています。この間TGAは、アミロイド関連画像異常のリスク因子であるアポリポタンパク質E4(ApoE4)非保有者のみに限定した適応症を提案しましたが、エーザイ側は受け入れませんでした。

Eisai はTGAが提案したApoE4非保有者のみに限定する適応症では、潜在的な対象当事者の約3分の2(~70%)が、疾患の進行を遅らせる可能性のある治療薬へのアクセスを否定されることをあげ、「TGAが提案する適応症は患者中心の考えに反するもので、受け入れることはできなかった」とコメントしています。エーザイはApoE4非保有者に加え、専門施設でADの治療とARIAのモニタリングに関する専門知識を有する医師の監督下で治療を受けることを条件に、ApoE4ヘテロ接合体保有者についても適応症に含めるべきとの代替案を提示しましたが、TGAはこれを却却下しました。

レカネマブは日本や米国、中国、英国、韓国などで承認を取得、日本、米国、中国で発売されており、17の国と地域でも承認を申請中です。米国では日本の承認に2か月先立つ2024年7月FDAが承認しましたが、保険償還では公的医療保険を管轄するメディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)が、エビデンスの構築を目的とした臨床試験の使用のみをカバーする方針を示すなど順調には進んでいません。欧州ではEU医薬品委員会が2024年11月に承認勧告を採択、その後さらに追加データを要望したとも報じられましたが、2025年2月承認勧告を維持すると結論付け、レカネマブの販売承認に関する意思決定プロセスを進めています。英国では医薬品規制庁 (MHRA)は2024年8月22日に販売承認しましたが、国立医療技術評価機構(NICE)が同日の発表で、レケンビの「ベネフィットはコストを正当化するには小さすぎ、長期的なエビデンスにも欠けている」と指摘、同国の税金などによって賄われている公的医療の英国国民保健サービス(NHS)の適用を「推奨しない」ガイダンス案を提示し、エーザイ、NHSに追加情報の提供を求めています。

そうした中で日本の当局の企業寄りの動きは際立っており、レカネマブは2023年に承認、2023年12月に「アルツハイマー病による軽度認知障害及び軽度の認知症の進行抑制」という広い適応で販売開始、2025年3月には国会議員の質問書に対し、審査報告書で「臨床的に意義のある」有効性が認められていることなどを受けて承認し、ルールに基づき薬価算定したとの答弁書を閣議決定しています。

ドナネマブは、日本でレカネマブ(2023年12月 販売開始) に約1年遅れて2024年11月に販売が開始されました。レカネマブに次ぐ2番目の同効のモノクローナル抗体製剤です。十分なアミロイド除去の後も治療が継続されるレカネマブと違い、1年半以内の中止が目標となっています。イーライリリーによると、約17%の患者が6か月の治療後にドナネマブの使用を中止でき、47%が1年以内に、69%が18か月以内に中止できたといいます。さらに、薬の使用を中止した後も認知機能の低下が継続的に遅延したとしています。他にはレカネマブが2週間ごとの点滴静注に対し1か月ごとの点滴静注であること、レカネマブでは治験中の死亡が報告されていないのに対しドナネマブでは後期試験で3人の参加者が副作用で死亡していることなどが違いです。

欧州医薬品庁EMAは2025年3月28日、医薬品委員会(CHMP)がドナネマブについて販売承認の拒否を勧告したと発表しました。かねてより抗アミロイドベータ(Aβ)抗体では、脳の腫れや出血が生じる副作用「アミロイド関連画像異常」(ARIA)が懸念されており、危険性が高い遺伝子型も知られています。その遺伝子型を持っていない患者であったとしても「ドナネマブのベネフィットはARIAによる致命的な事象のリスクを上回るほど大きくない」と断じ、「ApoE4を持たない患者に対するドナベマブのメリットはリスクを上回らず、販売承認の拒否を勧告した」と結論しています。

日本での保険薬価については、2024年11月13日に中央社会保険医療協議会でドナネマブ(商品名:ケサンラ)の薬価が350mg20mL1瓶6万6948円と承認されました。 1年間の薬価は約308万円となります。 レカネマブ(レケンビ)が年間298万円でしたので、ほぼ同じ薬価になりましたがいずれも高額です。

当日のディスカッションでは、両剤の有効性・安全性が定かでないこととともに、とりわけ保険薬価が高額なことが話題になりました。どのように決められているかです。

日本の保険薬価の設定根拠については、2016 (平成28年) 2月10日に中医協がとりまとめた「薬価算定の基準について」※  に基づき決められ、厚生労働大臣が告示します。 薬価基準で定められた価格は、医療機関や薬局に対する実際の販売価格(市場実勢価格)を調査し、その結果に基づき定期的に改定される仕組になっています。これらは複雑であり、1) 内容的な問題点とともに、2) 情報公開 (透明性) での問題点の、両面の問題点があります。

※薬価算定の基準について 2016 (平成28年) 2月10日

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc7336&dataType=1&pageNo=1

解説資料  (PDF) 日本の薬価制度について 平成28年6月23日 厚生労働省医政局経済課 髙橋 未明

薬剤師・公衆衛生大学院修士 (MPH) 寺岡章雄