逆境的小児期体験と成人期の健康問題や社会的困難との関係
逆境的小児期体験(adverse childhood experience:ACE[エースと読む])による子どもの将来への影響について、Felittiらが1998年に初めて報告した。虐待やネグレクトのみならず保護者の精神疾患や薬物依存、母親への暴言や暴力、両親の離婚等の家族機能不全も含む10項目をACEとして、そのうち子どもが経験している項目数をACEスコアと定義し、ACEスコアと生活習慣、嗜癖、疾病罹患のリスクとの関連を明らかにした。
表 1.ACE カテゴリー
- <虐待>
- 1.心理的虐待 2.心理的虐待 3.性的虐待
- <家庭の問題>
- 4.ドメスティックバイオレンス(DV) 5.家庭内での物質乱用 6.家族の精神疾患 7/親との離別または離婚 8.家族の収監(服役)
- <ネグレクト>
- 9.情緒的ネグレクト 10.身体的ネグレクト
ACE研究は、ACEスコアと成人期の健康問題との明らかな関連を見出した。ACEは心身に悪影響を及ぼすだけでなく、失業や貧困、社会的孤立や子育ての困難に至るまで、長期的・多面的に害を及ぼす。
表2からは、ACEスコアが「4以上」の人は「0」の人に比べて、虚血性心疾患に2.2倍、癌に1.9倍、脳卒中に2.4倍、慢性肺疾患に3.9倍、糖尿病に1.6倍なりやすいことがわかる。他にも、薬物注射や自殺未遂は10倍以上となっている。
表2 ACEスコア「0」と比較した場合の「4以上」の人の各種リスク(調整オッズ比)
後続の研究では、ACEが心身の健康を害するメカニズムについても検討されている。ACEという長期反復性のストレスへの暴露が、神経系、神経内分泌系、免疫系、さらには遺伝子システムなどを変化させることで、心身の健康を害する可能性が指摘されている。さらに、ACEスコアが高い人ほど、感情調整の困難、否定的な自己概念、対人関係の困難を伴う「複雑性PTSD」を引き起こすことがある。ACEを経験した子どもの多くは、信頼できる親など養育者の不在により、安定的な愛着関係を築くことができない。心の拠り所となる「安全基地」がないため、自尊心や自信を持ちづらく、対人関係に困難も生じやすい。
米国疾病予防管理センター(CDC)はACEが健康問題だけでなく、将来の暴力被害や加害、機会喪失等にも影響を与え、社会的コストも甚大で、その予防が重要だと指摘している。M・メッツラーらは、全米2万7834人のデータから、ACEスコアが高い人ほど、「高校中退」「失業」「貧困」になる確率が高まると報告している(Metzler et al., 2017)。
日本でもACEによる広範な悪影響はあるのか
2021年2月に京都大学が実施した全国調査がある。この調査では、表1のACEカテゴリーに類する10項目のACEについて、全国に居住する20~69歳の男女2万人が回答。ACEに関する日本での全国調査データは極めて貴重で、WEB調査(モニター対象)とはいえ、回答者の構成は住民基本台帳の母集団構成比(都道府県・性別・年齢別)に合わせていることから、ある程度参考に値するデータといえる。
図1はACEスコアの分布。約2万人の有効回答者のうち、約6割は「0」だが、約4割が「1つ以上」。「1」が約2割、「2」が約1割、「3以上」が1割弱。「4以上」は約3%(557人)。
ACEスコアと成人期の心身状態の関連をみていく。図2では、ACEスコアごとの、病気がち(とても当てはまる/やや当てはまる)、重度のうつ・不安障害(「K6」という指標が13点以上)、自殺念慮(過去1年に「自殺をしたい」と考えたことがあった)が該当する調整オッズ比を示している。(以下の分析結果ではすべて、年齢、性別、子ども期の貧困(15歳時に、貧しい/やや貧しい)、父・母非大卒の影響が統制されている)
図2では、明らかにACEスコアが高くなるにつれて調整オッズ比の値も高くなっている(ACEと不健康の用量反応関係)。簡易的な指標によっているが、ACEとの関連が明瞭だ。
社会経済的地位との関連もみてみよう。図3は、ACEスコアごとの、中卒、高卒、失業(求職中)、非正規雇用、貧困(等価可処分所得の中央値の半分未満)に該当する調整オッズ比。
図3でも、総じてACEスコアが高い人ほど、調整オッズ比が高くなっている。とくにACEスコアが「4以上」の人は、「0」の人と比べると、「中卒」に2.9倍、「高卒」に1.6倍、「失業」に1.8倍、「非正規雇用」に1.3倍、「貧困」に1.7倍なりやすい。
次世代にわたるACEの悪影響
現在の人間関係についてもACEの影響はみられるのか。図4は、ACEスコアごとの、社会的孤立、自身の子どもへの身体的虐待・心理的虐待・ネグレクトに該当する調整オッズ比を示している(※虐待・ネグレクトは18歳未満の子どもがいる人のみ)。
図4でも、おおむねACEスコアが高い人ほど、調整オッズ比が高くなっている。とくにACEスコアが「4以上」の人は、「0」の人と比べると、「社会的孤立」が2.7倍、「身体的虐待」が1.9倍、「心理的虐待」が1.8倍、「ネグレクト」が2.2倍生じやすい。
高知県での約1万2000組の親子調査データから、母親自身のACEスコアとその子どもへの虐待・ネグレクトの関連が確認されている(Mitani 2021)。そのほかにも、母親のACEがその子どものメンタルヘルスの問題(Doi et al. 2020a)や自己評価した学力の低さ(Doi et al. 2020b)に影響するという報告もある。
このように、ACEの悪影響はその人自身の健康や社会経済状況、人間関係にとどまらず、虐待・ネグレクトとして直接的に次世代の子どもたちの生活や心身状態を脅かすほか、次世代・次々世代と逆境の再生産が繰り返される可能性も考えられる。社会的弱者となっているACEサバイバーの存在、そして彼ら・彼女たちが過剰な不利を被らない社会づくりにもっと光が当てられるべきだ。
幼少期から困難な家庭環境の中でACEを経験し続けている子どもたちは、学童期に問題行動や不登校といった形で影響が立ち現れてくることが多い。そのようなときに、表面的な問題にだけ焦点を当てて対応しても、根本的な解決にはならない。
大阪大学大学院の三谷准教授は、ACEサバイバーが被る多大な不利益は、その事実を見ようとせず対応をしてこなかった社会の怠慢の産物と批判する。
ACEサバイバーの多くは働くのが困難で、生きていくのが難しい状態にあるが、医療費が高額で、PTSDの治療は保険適用になっていないものもある。生活保護はバッシングが強いので受けることをためらう。国は、病状が悪化している時は働かなくても済むようにするなど、経済的な基盤を最低限保障すべきだ。ACEの背景には、現代社会のストレスの多さ、不安定雇用の増加、核家族の孤立、母親への家事・育児負担の偏りといった諸々の社会的要因がある。社会構造の歪みによる被害者ともいえるACEサバイバーが抱える生きづらさは、社会的に解決されるべきだ。
大人期におけるトラウマケアの充実が必要だ。全ての人が逆境体験やトラウマを抱えているかもしれないという視点で他者と関わることだ。ACEスコアが高い人の中には、社会との接点を避けている人もいるが、そのような人々を排除したり偏見の目で見たりせず、その背景にある逆境体験やトラウマに思いを馳せ、安全な環境と信頼関係の中で回復を支えることをめざす。ACEそのものを未然に防ぐための子ども期における予防の徹底が重要だ。
子どもの時から、『自分には人権があり守られるべき存在だ』と子ども自身が理解する関わりや教育が必要だ。
予防という観点からは、保護的小児期体験(protective and compensatory experience:PACE)が注目されている。PACEには、親からの無条件の愛、親友の存在、家族以外の大人からのサポート、社会集団の一員であることなど関係性のコンテクストと十分な食料、安全な家、学ぶ機会などの資源のコンテクストが挙げられる。
ACEは健康に深く関わる問題であり、医療の現場だからこそ気づき関わるチャンスがある。
精神科医 梅田
<主な参考文献>
Felitti VJ, et.al:Am J Prev Med. 1998;14(4):245-58.
三谷はるよ 子ども期の逆境体験(ACE)と自殺念慮 第45回日本自殺予防学会総会シンポジウム
山崎知克、野村師三 逆境的小児期体験が子どものこころの健康に及ぼす影響に関する研究 厚生労働科学研究補助金総合研究報告書
八木淳子 小児期逆境体験が心身の健康に及ぼす影響 岩手医誌 76 巻,6 号209-215 頁.




