くすりのコラム マイクロバイオーム(微生物群ゲノム) 子宮頚がんワクチンを考える(NEWS No.494 p06)

地球上に多種生物が共存しているように、人体にも多種多様な細菌群やウイルス群が存在しています。抗生物質やワクチンは人体に存在する微生物群にどのような影響を及ぼすのでしょう?アメリカの海洋生物生態学者Robert Treat Paine博士は、海岸に生息するカサガイを含む複数種から成る生物群集のうち食物連鎖の頂点捕食者であるヒトデを除去すると、群集全体が崩壊し、イガイという二枚貝1種だけが優占する事実を見つけました。存在する生物個体数は少なくても群集の多様性や安定には欠かせない要となるキーストーン種という概念をPaine博士は提唱しました。目に見えない人体における微生物群にもその理論が当てはまるかもしれません。ヒトの全遺伝子解析が2003年に終わり、人体に暮らす微生物群の遺伝子解析はほんの少し分かってきたところです。

米国国立衛生研究所(NIH)が設立した約80の大学や研究機関からなるヒトマイクロバイオームプロジェクト(HMP)のコンソーシアムメンバーは2012年に健康な人の正常微生物群の構成を明らかにしました。NIHは次のように報告しています。「ヒトが日常的に病原体や疾患を引き起こすことが知られている微生物を保持していることがわかりました。しかし、健康な個体では、微生物は疾患を引き起こしません。微生物はただ宿主や共にいる他の微生物群と共存しているだけです。今、研究者は一部の病原体がなぜ致命的になり、どのような条件下で致命的になるのか把握するべきで、恐らく研究者は現在考えられている病原微生物の概念を変えるでしょう。」
「Human papillomavirus community in healthy persons, defined by metagenomics analysis of human microbiome project shotgun sequencing data sets.」では健康な人のヒトパピローマウイルス(HPV)群の構成が報告されています。環上に約150ものHPV型を示した系統樹、解析結果から臓器特異性などが示されました。未知のHPV型ゲノム配列も報告され、系統樹はまだまだ大きくなる可能性があります。HPV型の中には同時に出現するものや一緒には決して現れないものがあります。依存してるのか、ライバルなのかその関係はまだ分かりません。著者らはHPV同士の関係だけではなく他の人体微生物群との関係も注目しなければいけないとしています。
医療は致命的な感染症に対し抗生物質や予防接種で病気から多くの患者を救ってきました。しかし、近年、時間をかけて癌を引き起こすと考えられている常在菌、常在ウイルスに対して薬やワクチンが使用されるようになりました。

厚生労働省は子宮頸がんワクチンの効果について次のように紹介しています。「16型と18型の感染やがんになる手前の異常(異形成)を90%以上予防したと報告されています。」では、16・18型以外はどうなるのでしょう?大きな系統樹を見れば想像できるワクチン耐性への進化、他型の増殖の可能性の考察が抜けたワクチンの有効性理論は成立しているとは言えません。

薬剤師 小林