くすりのコラム アルツハイマー病予防ワクチンとHPV蛋白(NEWS No.513 p08)

ヒトパピローマウイルスの外殻蛋白(HPV-VLP)が様々なワクチンの抗原提示物質として利用され始めています。

2002年、被験者の6%の死亡、脳卒中、脳炎などがでたためアルツハイマー病予防ワクチンAN-1792がフェーズⅡで中止になりました。AN-1792は合成アミロイドβに強力なアジュバントQS-21を加えたものです。AN-1792の失敗を踏まえ、次のワクチンには強力なアジュバントは使用せずHPV-VLPをベースに作られています。(Vaccine Volume 24, Issues 37–39,11 September 2006, Pages 6321-6331)

アルツハイマー病の原因としてリン酸化したタウとアミロイドβが脳内に沈着して起きているというアミロイド仮説が考えられています。ワクチンはアミロイドβに対する抗体を体内で作らせ病気の進行を遅らせようという試みです。通常、脳は血液脳関門で守られているため血中の抗体は脳へ移行できませんので、作用点はよくわかりません。アミロイドβは自己蛋白であるため、自己と認識されれば免疫の寛容機構が働き、アミロイドβは除去できなくなります。これらをクリアするためVLPがワクチンベース候補として試されてきました。VLPが効果的な抗原提示をおこなうことができるのは、アミロイドβは単独で受容体を刺激するより、VLPに付着して纏まることで多くのB細胞受容体を同時に強く刺激することができ強力な免疫応答を引き起こすことができ、アジュバントは必要ではありません。(Hum Vaccin.2010 Nov;6(11): 926- 30.)

ウイルスは感染するため宿主にくっついて(吸着)、侵入する性質があり受容体を刺激するためにVLPを使うことは理にかなっています。しかし、良い点ばかりではありません。「Virus Like Particles as Immunogens and Universal Nanocarriers 」に次のように書かれています。[VLPの望ましくない免疫原性を克服するために提案された解決策は、一次抗体応答を抑制することが示されているポリエチレングリコール(PEG)などの免疫マスキング剤で修飾することからなる。心に留めなければならないもう一つの懸念は、ウイルスベースの治療と同様に、VLPは反復投与には適していないということである。]

サーバリックスはH19年、ガーダシルはH22年に承認申請を出しています。その後、HPV-VLPがどのような性質をもち、それを利用するための研究が進められています。アルツハイマー病予防ワクチンや新しいHPVワクチン開発も行っているBryce Chackerian 博士はVLPの免疫原性を引き出すための細かな設計について発表しています。(Curr Opin Virol. 2016 Jun; 18: 44–49.) 既存のワクチンで起きたことは無かったことにして、強力なアジュバントを使用せずに、交差免疫を利用した多価に効果があると宣伝する「次世代の」HPVワクチンをもうすぐ売り出すことになるでしょう。

薬剤師 小林