臨床薬理研・懇話会9月例会報告 シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第41回(NEWS No.518 p02)

臨床薬理研・懇話会9月例会報告
シリーズ「臨床薬理論文を批判的に読む」第41回
観察研究の New User Design(Ray WA)

引き続き薬剤疫学の観察研究においてepoch-makingな位置にあると考えられる文献をとりあげました。ホルモン補充療法( Hormone Replacement Therapy: HRT)など観察研究の結果がランダム化比較臨床試験の結果と一致しないことから、その克服のために提唱された研究対象集団を薬の新規使用者に限定するNew User Design です。
Ray WA. Evaluating medication effects outside of clinical trials: new-user designs.
Am J Epidemiol 2003; 158: 915-920.

ホルモン補充療法が冠動脈性心疾患( Coronary Heart Disease: CHD)リスクを低下させるか、観察研究ではリスクの35-60%減少がみられましたが、1998年、2000年に出版されたランダム化比較臨床試験 (RCT)論文では減少はみられず、2つのRCTのひとつではエストロゲンとプロゲスチン併用は逆にCHDリスクを増加させたのです。この原因として従来から指摘されているヘルシーユーザー効果 ( healthy user effect) があります。Rayは、これに加え重要な原因として研究実施とフォローアップ開始の前にエストロゲンを用いていた女性が多く存在することに注目しました。
Prevalent users (その時点ですでに薬を使用中の患者)は2つのタイプのバイアスを導きます。1)治療の初期に起こるイベントを無視・軽視 (underascertment)、2) その study drug によって変わる疾病リスクファクターをコントロールできない、の2つで、これらのバイアスがHRTの観察研究とRCTとの結果の違いの原因となります。
Rayのこの文献は観察研究デザインでprevalent usersを除き new users に限るとこれらのバイアスを避けられることを示します。このkey idea の先人は Alvan Feinstein((1971)にさかのぼります。
HRTとCHDに関するRCTでは、HRT開始直後にCHDは上昇しますが、その後低下に転じ、非HRT群より発生率が低くなる傾向がみられます。このような曝露開始後の時間経過とともにイベントの発生率が変化することはよく起こります(曝露開始後の時間経過にともなう発生率低下は遵守バイアス (adherence bias) でも起こり得ます)。対象を new users とせず、prevalent usersを対象に含めると初期のイベントを無視・軽視するバイアスとなります。
薬剤疫学研究では、新薬はしばしば既存の治療と比較されるのでこのバイアスに注意が必要です。
慢性疾患に使用されるなど比較的長期に使用される2つの薬で、使用開始後3か月程度以内に発生が集中する「急性」ないし「亜急性」の害作用を比較するとします。新薬使用者には new users が多く含まれるのに対し、発売開始後何年も経過した同じクラスの薬には prevalent users が多く含まれます。「急性」ないし「亜急性」の害作用は new users で多くみられるので、新薬における害作用の発生は古くからの薬よりも見かけ上高くなります。1980年代に登場した第3世代の経口避妊薬では第2世代のものと比較して静脈血栓塞栓症のリスクが高いと1990年代なかばに報告され、マスコミでも取り上げられました。Rayは、過去に同じ経口避妊薬の使用経験をもつ repeat users 同士を比較すると第2世代と第3世代の経口避妊薬の静脈血栓塞栓症リスクに差がないとの研究を引用して、第3世代経口避妊薬の使用者に new users が多かったために静脈血栓塞栓症リスクに差がみられた可能性が高いと指摘しました。
Study Drugs によって変わる疾病リスクファクターの問題は厄介な問題です。研究にprevalent usersが含まれると交絡因子のコントロールが複雑になります。これらの因子はしばしば治療(Study Drug)自身によって影響されるからです。このことは解決の困難な難題をもたらします。new-user designsでは、可能性のある交絡は治療の直前に測定され、治療(Study Drug)によって影響を受けることはありません。したがって難題は起こりません。Prevalent usersを観察対象から除外するnew-user designsは、厄介な問題を避けるための単純で確実な方法なのです。
New-user designs は、症例対照研究 (コホート内nested、コホート外)でも用いることができます。
妥当なデザインのひとつでは、まず研究対象の薬を使用していないことが確実な一定期間 (washout period) 後の期間を study time window と定義し、study time window をもつ対象集団のリストを作成します。薬の new users はこの study time window において薬を開始した者です。次いで study time window においてケースおよびケースと比較可能な非ケースを特定するコホート内症例対照研究 (nested case-control study) を実施します。
ここでNew-user designsの業務管理上 (logistical)および他の制約 (limitations)について述べます。重要な制約は、開始時点での医薬品使用が始まる時間を同定し可能性のある交絡因子に関する情報を集める業務管理上の困難です。これには1日1日の単位での情報が必要です。これは非常に煩わしいことです。ただし電子化が進む中で解決の方向に向かうことが期待されます。また、慢性疾患などに長期間使用される薬の研究を New-user designsで実施しようとすると、薬使用者の多くを除外する必要性に直面します。研究の実施に踏み切ること自体が躊躇されるほどの研究の効率性の悪さに直面するかもしれません。このような場合にはnew usersと prevalent usersから得られる結果を比較して prevalent users を含めることによるバイアスの大きさを推定するとともに、両者に差がなければ解析に prevalent users を含めることも容認できます。
例会時のディスカッションでは、この研究対象集団を薬の新規使用者に限定するNew User Designは、今では薬剤疫学では標準となっている当たり前のことのはずなのです。しかし、台湾などと比較して日本では観察研究でのバイアスのきちんとした扱いがされていない論文が散見し、誤った結論で公表されている論文が多くみられる現状では、このこともどれだけ研究者の常識となっているか、疑ってかかった方がいいのでないかとの意見も出されていました。

薬剤師 寺岡章雄