臨薬研・懇話会2022年10月例会報告 不眠障害 (insomnia disorder) に対する薬物療法以外の治療と薬物療法 その2(NEWS No.566 p02)

臨薬研・懇話会2022年10月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」第72回 (2022.10.9) 報告
不眠障害 (insomnia disorder) に対する薬物療法以外の治療と薬物療法 その2

前回は、不眠障害 (insomnia disorder) に対する日常的な長期にわたる薬物療法は、依存性・害作用の問題から好ましくなく、欧米では第一選択治療として認知行動療法などの薬物療法以外の治療が位置づけられていることを知りました。

しかし日本では、認知行動療法はその訓練を受けている人が極めて限られており、また健康保険での扱いが適切でないため、ほとんど行われていないという大きな問題点を知りました。また欧米においても、認知行動療法に対する実証的な基礎研究、臨床実践が少なく、体系化が今後の課題となっていることが分かりました。

一方、日本でも欧米でも、1) 半減期が長く翌日に効果が持ち越され、交通事故などの原因となるリスクを有する、2) その薬理作用機序である体内で重要な生理的役割を果たしているオレキシンの抑制に関連して情動脱力発作 (カタレプシー) の危険性など、深刻な安全性の懸念のあるオレキシン受容体拮抗剤 (註. Suvolexant: ベルソムラ、lemborexant: デエビゴなど) が次々と承認され、市場でのこれらへのシフトが進むなど、深刻な状況にあります。

今回は、欧米での薬物治療以外の治療への取り組み・研究についての最新の実情が分かる文献として、2022年9月21日の JAMA NetWork Open 誌に病院でのランダム化されていないControlled Trial が報告されましたので取り上げることにしました。

Evaluation of Nonpharmacologic Interventions and Sleep Outcomes in Hospitalized Medical and Surgical Patients.  A Nonrandomized Controlled Trial

[薬物治療以外の介入の評価と病院に入院した内科外科患者における睡眠に及ぼす影響。ランダム化されていないコントロールドトライアル] (フリ―オープンアクセス文献)

同誌があげている 論文のキーポイント

クェスチョン: 内科外科ユニットに入院した患者において、早朝のバイタルサイン測定を遅らせること、看護師に対する睡眠衛生トレーニング、睡眠改善目的での耳栓や安眠マスクの日常的配布のような、薬物治療以外の介入は睡眠の改善と関係するか?

所見:この 374症例の入院患者でのランダム化されていないコントロールドトライアルにおいて、介入群の方に有利に40分の総睡眠時間の有意な延長が見られた。この改善は最終覚醒時刻 (final wake time) に30分の遅れをもたらした。

意味づけ (meaning):この研究所見は、早朝の看護師による回診を遅らせることが睡眠を改善する介入として有用なことを示唆している。

著者たちによる抄録から

重要性と目的:不適切な睡眠は患者の身体衛生、精神的な幸福 (well-being)、回復に悪影響を及ぼす。薬物治療以外の介入は第一選択治療として推奨されている。しかし、介入を評価する諸研究はしばしば質が低くあいまいな結果を示している。薬物治療以外の介入の実施が、入院患者における夜間睡眠の改善に関係するかについて評価する。

デザイン設定と研究参加者:今回のランダム化されていないコントロールドトライアルにおいて、研究参加患者はオランダのひとつのacademic hospitalにおいて、急性期ユニット (acute medical unit )と内科外科病棟でリクルートされた。病院で一晩を過ごしたすべての成人患者が、2019年9月1日から2020年5月31日の期間に (対照群) 通常ケアを受けた。2020年9月1日から2021年5月31日の期間にリクルートされた患者が介入群となった。介入群の患者は耳栓、安眠マスク、アロマセラピーを受けた。看護師たちは睡眠衛生訓練を受けた。急性期ユニットでは、早朝の投薬とバイタルサイン測定のための回診を行わず、日勤帯 (day-time) での実施にシフトされた。すべての介入は患者、看護師、医師の協力共同で展開された。

主要アウトカムと測定:睡眠は actigraphy (睡眠・覚醒時間の測定に使用されるもの) と Dutch-Flemish Patient-Reported Outcomes Measurement Information System sleep disturbance item bank を使って測定した。他のアウトカムは、患者が報告する睡眠を妨げる因子と睡眠を強めるツール (sleep-enhancing tools) を含んでいる。

結果:総計で374症例の患者が含まれた。222症例が対照群、152例が介入群である。年齢中間値は65歳でIQR (四分位範囲)が 52-74歳であった。これらの内、331症例が解析に含まれた。総睡眠時間 (Total sleep time: TST) は介入群において40分間長かった。睡眠の質は群間で有意には相違しなかった。

結論と切実な関連性 (relevance):この研究の所見は、入院患者の睡眠が薬物治療以外の介入によって有意に改善することを示唆している。早朝のバイタルサインチェックと投薬管理を行う回診を遅らせ、日勤帯 にシフトすることが睡眠の改善に役立ち得る。

本文から

・ 入院患者はしばしば睡眠に困難を来している。不適切な睡眠は身体ヘルス、精神ヘルスの両方に悪影響を来している。これらは、呼吸機能、内分泌機能、代謝機能; 免疫抑制; 創傷治癒の遅延とインシュリンレジスタンス ; 転倒事故のリスク ; せん妄 ; 死亡を含んでいる。さらに、不適切な睡眠は気分、認知パフォーマンス(cognitive performance) (記憶と意思決定)、疼痛知覚(pain perception)に影響を及ぼす。これらの問題は病院における睡眠を増進する介入をターゲットとする研究の重要性を強めている。よくある薬物治療介入はベンゾジアゼピンとメラトニンの使用である。しかし入院患者におけるこれらの薬物治療介入が成功するというエビデンスは乏しい。システマティックレビューとメタ解析は、薬物治療の益がリスクを上回らないとしばしば報告している。

・ これらの不十分なアウトカムから、パーソナルファクター (身体的精神的不快)と環境ファクター(騒音、光)の両面をターゲットにする薬物治療以外の介入が推奨されている。患者に耳栓、安眠マスク、マッサージ、睡眠衛生に関する教育の提供についての研究は矛盾した結果が報告されている。これらの研究のほとんどは、しばしば睡眠障害 (sleep disturbance)の多因子的な要因を無視したものとなっている。加えて、患者はしばしば研究で定められた介入を用いるよう強くプレッシャーをかけられており、そのため結果が日常診療 (daily practice) におけるアウトカムを反映しないなどの問題がある。それゆえに、今回の研究目的は内科外科病棟における提案された諸介入を任意使用すること (voluntary use) による複数のレベル (multilevel) の睡眠増進介入を評価することに置いた。

・このランダム化されていないコントロールドトライアルの期間は19か月で オランダでのsingle-center study である。

・介入の性質からランダム化と遮へい化 (blinding) は可能でなかった。そしてランダム・単純な非薬物治療の介入は入院患者における総睡眠時間 (TST) の40分から45分の増加と関係していた。増加は主に最終覚醒時刻 (final wake time)における30分から45分の遅れによるものであった。早朝の看護師回診を後回しにすることは、実行可能で、有用であり、そして持続し得る睡眠増進介入であると考える。

・早朝の回診を遅らせることはこれまでも推奨されてきたことではあるが、われわれの知る限り、このことはこれまで実行されていない。

・睡眠持続の増加にもかかわらず、知覚された睡眠の質 (perceived sleep quality) の有意な改善は、今回の研究で得られなかった。経験された睡眠の質は、総睡眠時間 (TST)よりも夜間覚醒の回数により大きな影響を受けることはありそうなことである。

当日の討論から

・著者たちは、介入の性質からランダム化と遮へい化 (blinding) は可能でなかったとしている。確かにランダム化は困難であるかも知れないが、よりはっきりとした結論を導くためには、評価者レベルの遮へい化は試みられて良かったのでないか。

・全体的に薬物治療以外の介入の controlled trial は試みる研究者もほとんどいない状況でないか。著者たちの努力を評価していいのでないか。

・当日の討論参加者自身の医療施設での不眠障害の薬物治療の現状が話題となった。薬物治療を日常化しないよう普段から努力されており、一定の成果が得られているとのことであった。しかしどうしても薬剤を処方してほしいという患者がおり、全く処方しないことはなかなか難しい状況も存在するとのことであった。

薬剤師 寺岡章雄