臨薬研・懇話会2024年8月例会報告
シリーズ企画「臨床薬理論文を批判的に読む」第82回 (2024.8.3) 報告
希少疾患薬開発でのRCTの必要性 その1
希少疾患、超希少疾患においてはRCT(Randomized controlled trial: ランダム化臨床試験)の実施が困難なので、リアルワールドデータ(RWD:観察研究データ)のみでも申請可能なことを、薬機法 (医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律) で明確にしてはどうかと、厚生科学審議会 医薬品医療機器制度部会で、行政側から提案された。薬機法は5年ごとに見直しがされ、来春の通常国会に改正案が提出され審議される。まさに風雲急を告げる情勢にある。
RWDがRCTに代替できるかは学術的にまだ定まっていない。また希少疾患薬はRCTができないのかは国際的に活発に論議されているテーマで、多くの論文が出版されている。今回は論点などの共有のため、皮切りとしてそれらの論文のひとつを取り上げた。
Fride T et al (UK) (correspondence author: Stallard N, Warwick Medical School, UK). Recent advances in methodology for clinical trials in small populations: the InSPiRe project. (小さい母集団での臨床試験のための方法論の最近の進歩: InSPiReプロジェクト). Orphanet Journal of Rare Diseases 2018; 13: 186 (free open access).
EUの第7次研究枠組み計画(FP7: Horizon2020)が2013年に、少人数集団における臨床試験について提案募集を行った。資金提供された3つのプロジェクトの1つがInSPiReプロジェクトである。2017年に完了したプロジェクトの主な成果をまとめたものがこの論文である。
InSPiReプロジェクトは、4つの分野における小規模集団での臨床試験のための新しい統計的方法論の開発につながった。コストと潜在的な利益を比較するための「ベイズ決定理論」的枠組みを用いた小集団臨床試験のための新たな意思決定手法の探求、サブグループの同時同定とこれらの患者に対する治療効果の確認を可能にする標的治療試験のためのアプローチの開発、早期相臨床試験デザインと成人試験から小児試験への外挿、薬物動態学と薬力学データの使用を可能にする手法の開発、さらに試験の計画、分析、解釈をサポートし、患者グループ間の外挿を可能にするための少数の試験に対する改良された頑健なメタ解析手法の開発などである。科学的論文に加え、規制ガイダンスへの貢献や、新規手法の実施を容易にするためのフリーソフトウェアの作成も行っている。
小規模集団における臨床試験の設計、実施、分析という課題に直面して、我々は方法論の開発が必要かつ実現可能であると感じたいくつかの領域に焦点を当ててきた。特に、効率的な研究設計と分析およびエビデンス統合の改善という 2 つの広範な領域で、新しい統計的方法論を開発した。効率的な研究設計は、小規模集団における臨床試験では特に重要である。一方、分析およびエビデンス統合の改善により、可能な限り多くの関連情報が得られ、結果の分析と解釈に使用できた。これには、試験外の情報源からの情報の使用も含まれる。
ここで、「ベイズ決定理論」とは、18世紀の英国の数学者・牧師トーマス・ベイズが提唱した理論であり、新たなデータを取込みながら推定や予測の精度を高めていく手法で、人間の意思決定プロセスに近い呈示モデルである。ベイズの定理は、ある事象に関連する可能性のある条件についての事前の知識に基づいて、その事象の確率を記述する。複雑な事象が絡みあって結果が出力される場合のモデル化にも適している。また、人間の直観や経験則をモデルに反映しやすい。
InSPiRe プロジェクトでは、4 つの特定の領域 で新しい方法を開発した。そのうち 2 つは効率的な設計に関連し、残りの 2 つは分析とエビデンス統合の改善に関連している。意志決定理論と情報価値 (VOI) アプローチを使用した確認研究の最適な設計の決定、パーソナライズされた(編集部註:オーダーメイドの)医薬品のための層別集団による確認研究の設計、初期段階の用量設定研究への薬物動態 (PK) と薬力学 (PD) データの組み込み、および小規模試験または少数の試験に対するメタ解析方法である。
ここで、「情報価値(Value Of Information:VOI)」とは、特定の種類の情報をさらに取得することの期待価値を推定する意思決定理論的フレームワークであり、医療の意思決定、医療経済評価などに利用される。
我々は特に小規模な集団の設定での確認的第III相試験にVOI法を使用する方法論を開発した。これは最適設計に関して2つの重要な結果をもたらす。それは、頻度論的エラー率に基づくサンプルサイズ決定の通常の方法に疑問を投げかけ、小規模な集団の設定では通常よりも小規模な試験が最適である可能性があることを示している。詳細には、試験終了時の頻度論仮説検定の最適なサンプルサイズと有意水準を決定し、これらが母集団サイズによってどのように変化するかを調査した。決定理論的 VOI 分析により、調査中の治療が意図されている将来の母集団のサイズに応じて、タイプ I の誤り率と検出力 (または同等の試験サンプルサイズ) の両方で、より柔軟なアプローチが示唆されることを示した。
将来の研究作業の背景を確立するために、我々は ClinicalTrials.gov データベースに記録されている希少疾患の試験の分析を完了し、新しい方法も模索した。その結果、希少疾患の第 2 相試験のサンプルサイズは有病率が異なっていてもほぼ同じであったが、有病率が最も低い希少疾患の第 3 相試験は、それほど希少でない疾患よりも統計的に有意に低く、第 2 相試験とより類似していることが示された。
我々は特に小規模な集団の設定での確認的第III相試験にVOI法を使用する方法論を開発した。これは最適設計に関して2つの重要な結果をもたらす。それは、頻度主義的エラー率に基づくサンプルサイズ決定の通常の方法に疑問を投げかけ、小規模な集団の設定では通常よりも小規模な試験が最適である可能性があることを示している
開発されたモデルを拡張するためのさらなる作業が進行中である。特に、試験自体への参加率から得られる情報を使用して、疾患の有病率が不明であると考えられる設定での多段階試験の最適な設計、および規制当局や産業スポンサーなどのさまざまな利害関係者にとって最適な設計を模索している。
最適な試験設計は、サブグループの有病率、サブグループ間で治療効果が異なるという事前のエビデンスの強さ、バイオマーカーの開発と決定のコストに依存することがわかった。さらに、スポンサーの見解と社会の見解では最適な設計が異なることがわかった。スポンサーの見解で最適化された試験は、サンプルサイズが小さくなる傾向があり、治療がサブグループのみに有効であるという十分な事前のエビデンスがある場合でも、全集団で実施される。これは、治療効果の推定値の変動性により、治療が効果的でなく患者に利益がなくても、サブグループでは有効であるように見える(そしてスポンサーに利益をもたらす)可能性があるためである。
我々は、最大サンプルサイズ50で新生児発作を減らすためのレベチラセタムの最適用量を見つけることを目的としたLEVNEONAT(NCT 02229123)試験で、新しい用量探索アプローチを開発し、適用した。試験では、有効性と、同時に発生するが時間的に早くまたは遅く測定できる2種類の毒性という3つの主要な結果が検討された。主要な結果は、有効性のロジスティックモデルと、結果間の相関を考慮した2つの毒性の疑似結果による加重尤度を使用したベイズアプローチを使用してモデル化された。この試験は倫理委員会の承認を受けており、2017年10月に募集が開始された。
また、小児科での臨床試験の設計において、成人の研究から得た情報を使用した可能な外挿法の開発にも重点を置いた。早期の用量設定研究における成人の情報の外挿と橋渡しのための統一されたアプローチが提案された。このアプローチを使用して、小児を対象とする臨床試験の用量設定モデルの用量範囲の選択と事前密度パラメータの較正を調査した。この方法では、PKデータ、毒性、有効性などの成人の観察結果を使用する。大規模なシミュレーション研究により、この方法は堅牢であり、用量選択に関して優れたパフォーマンスを発揮することが示された。新しい方法の実装を可能にするために、Rパッケージdfpedが開発された。
当日のディスカッションから
・数式を含む統計学的な記述が多くむつかしかった。しかし、最も現代的で重要なテーマを扱った論文であることは間違いないようだ。この論文は「小さい母集団での臨床試験のための方法論の最近の進歩」と題された、研究当事者による総説論文だが、文中で引用されている小児科領域の各論であり実践例であるLEVNEONAT(NCT 02229123)試験の論文を読んでみたい。
・ベイズ統計学理論については、人間の意思決定プロセスと近い点などに関心・親しみがある。さらに各論・実践例で理解を深めたい。
薬剤師・MPH(公衆衛生大学院修士) 寺岡章雄