『精神科の薬について知っておいてほしいこと 作用の仕方と離脱症状』
J.モンクリフ著、高木 俊介、石原 孝二、他 訳
日本評論社 2,200円+税
2022年8月刊行
著者は発行の意図を以下のように述べている。「製薬企業のマーケティングと専門家たちの合意によって、化学物質の不均衡や脳の病気があり、薬がそれを治す手助けをしてくれるのだと説得されてきました。この本では、そうした見方に異議を唱え、精神科の薬の本来の性質と作用に関する別の理解の仕方を示します。そして、宣伝文句によって曖昧にされてきた精神科の薬の真実に光を当てるつもりです。」著者は、精神科の薬(向精神薬)の使用すべてに反対するのでないが、効果が過大に、害が過小に評価されているという立場だ。
1990年代にSSRI(「選択的」セロトニン再取り込み阻害剤)を売り出すときに、製薬企業は脳内の化学物質(神経伝達物質)の不均衡の正常化によって作用すると宣伝したが、神経伝達物質の不均衡は証明されていない。1990年代に「非定型」抗精神病薬が導入されたときも同じようなキャンペーンが展開された。
向精神薬が根底にある医学的疾病を「元に戻す」ことによって作用するという「疾病中心モデル」に対峙して著者は「薬物作用モデル」を提唱する。向精神薬が脳の正常な状態を変え、(薬にさらされていない)「正常な」心的状態と行動に変化をもたらすという理解だ。本著では抗精神病薬や抗うつ薬といった薬の分類は、疾病に特異的な仕方で作用するという考え方であり異議を唱える立場だが、定着した用語なのでやむを得ず使用すると断っている。
向精神薬は医薬品の中でベストセラーとなり、製薬企業に莫大な利益をもたらした。うつ病や双極性障害の概念がマーケティングキャンペーンによって拡大され、社交不安症なども含めて製薬企業は医療化を牽引してきた。
向精神薬に関する研究では、二重遮蔽と謳いながら(薬剤の作用を自覚するために)遮蔽になっていないことや、「評価尺度」でみる「反応」の基準に恣意的なカットオフポイントを用いていることを指摘する。
抗精神病薬に関するあるRCT(ランダム化比較試験)では、認知行動療法や危機管理を含む集中的な心理社会的ケアとの比較で6か月時点での社会的機能などで差はなかった。長期使用については、仕事の能力や人間関係をつくる能力などを評価した研究はほとんどない。急性使用による害作用だけでなく、長期使用に伴う過感受性精神病などの害作用もある。必要時のみ短期間に限って使用するのが合理的だと著者は述べる。抗うつ薬に関するRCTでも同様のことがいえるが、長引く離脱症候群や性機能障害の持続などを警告する。刺激剤(ADHD用のメチルフェニデートなど)は主には覚醒度を高めつつ、興味や自発性などを抑制して、子どもを扱いやすくするが、長期的な効果に関するエビデンスはない。ベンゾジアゼピン剤は、不安や不眠に対して時折使用する場合は有用だが、耐性や依存の害作用がある。
向精神薬の中止には困難を伴うが、離脱の特定のリスクは、薬剤の種類やもともと抱えている問題の性質により異なるが、安全かつ効果的に離脱する方法の研究は不足している。
総括として、向精神薬は、精神的な混乱や興奮を軽減して役に立つこともあるが、当事者の生活を改善する能力は限られているとする。
精神科臨床を担う立場にとっては耳が痛い指摘だが、それぞれの薬剤について鎮静的に作用することの強調や精神疾患そのものへの理解のしかたについては納得しにくいところはあるものの、概ね有効性の過剰評価と害の過小評価については納得する。また向精神薬が当事者とのコミュニケーションを改善する道具としては有用であるという、訳者の高木俊介氏の意見には共鳴する。有効性の限界や害作用を弁えて、薬物療法を実践していきたいという思いを新たにした。
精神科医 梅田