本「高血圧は薬で下げるな!」 NPO法人 医薬ビジランスセンター 浜六郎 著 角川書店

本書のテーマは高血圧であり,「血圧が気になる人,必読の1冊」と紹介されています。しかしながら本書の題名「高血圧は薬で下げるな!」は,一般読者 は,もちろん,高血圧と診断されている患者さんや,高血圧患者に関わっている医療関係者の教科書的な今までの常識「高血圧は薬で下げる。」からすれば「高 血圧は薬で下げるな!」は,真っ向から対立する内容で,一瞬,目を疑い,理解しがたいと思われるかもしれない題名です。
著者も,「はじめに」と題された前書きに「外来の診療でも,なるべく薬を使わず,生活習慣の改善によって血圧を下げる工夫をしてもらっていました。それ でも血圧が 160/95以上もあれば降圧剤を処方し,『使い続けることが大切』という趣旨の患者向けの説明書を作り,その普及に努めていたのです。」と語っていま す。待ち時間3時間,診療3分といわれて久しい医療現場は,今もあまり改善がすすまず,著者の「なるべく薬を使わず,生活習慣の改善によって血圧を下げる 工夫」さえ,なかなか出来ていない現状があります。多くの医療機関や,保健所などでは,患者教室として,高血圧教室など生活習慣の改善(肥満の改善,食事 の改善等)の努力がされていますが,一方で高血圧には薬を処方するだけの医療現場も多いのではないかと思います。

そんな現状の中で本書が出版されたのは,「高血圧治療指針となるガイドラインの値が2004年にまたもや引き下げられ,病気でもないのに『高血圧症』とし て治療される人がどんどん増えていくことに危機感を抱いたからです。」と著者が述べておられます。日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2004」が 一昨年の年末,約1年前に発表されましたが,この「ガイドライン」が科学的な根拠のないものであり,製薬資本に取り込まれたものであること,そのような学 会に対する厳しい批判の書でもあると思います。
診療の現場では,検診などで高血圧を指摘された患者さんが毎日のように外来に来院されるのが現状です。著者が指摘されているように最近の降圧剤全体の3 分の1がアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARIまたはARB)で占められており,降圧剤のトップであるとの事。製薬メーカーの主催する講演会や,MRの 方が持参されるパンフレットも,高血圧治療ガイドライン2004の宣伝と共に,各社が競って自社製品のアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬の効果を宣伝をして いる現状があります。まさに「高血圧治療ガイドライン2004」は,製薬メーカーのためにアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬を宣伝するガイドラインの様な感 があります。
本書には,「平成12年,高血圧の基準値が140/90まで引き下げられたことにより,高血圧『患者』は全国に5000万人という驚くべき数字に・・・ さまざまなデータから,降圧剤がかえって寿命を縮める危険性が明らかになりました。本書では薬を使わずに血圧を下げるためのアドバイスから,やむなく使う 場合の正しい薬の選び方までを詳しく紹介−血圧が気になる人,必読の1冊。」と紹介されています。このように高血圧の治療をめぐる混乱した状況の中で, 「高血圧治療ガイドライン2004」に科学的根拠が明らかでないことを疫学的データをもとに,分かりやすく解説され,厳しく批判されており,科学的根拠を 明確にした内容であると思います。

医療問題研究会の臨床薬理研でも「高血圧治療ガイドライン2004」が公表されてから,昨年1年間,例会で降圧目標に絞って「ガイドライン2004」の 参考文献を検討してきました。「ガイドライン2004」に記述されている「厳格な降圧が心血管病を抑制する可能性が示唆されている。」という結論の根拠と されるHOT研究(本書「高血圧は薬で下げるな!」でも詳しく解説されています。)をはじめとした臨床試験の論文を検討しましたが,その科学的な根拠が明 らかでないことを確認してきました。本書の著者,浜六郎先生は,NPO法人医薬ビジランスセンターの代表をされておられ,最近では,インフルエンザ治療薬 タミフルの害作用を学会で報告され,マスコミにも取り上げられており,お名前をご存知の方も多いと思われます。高血圧治療と一口に言ってもその根拠となる 文献は,膨大な数で,本書を執筆されるにあたっても大変なご苦労であったと思われます。浜先生の医学に対する情熱,製薬資本や学会の権威をも恐れずに科学 的な根拠を追求され社会に訴えられる姿勢は,とても真似のできるものではありませんが,臨床薬理研でも「高血圧治療ガイドライン2004」の批判的検討を 引き続き例会で行っていきたいと思います。

ぜひ本書「高血圧は薬で下げるな!」の一読をお薦めします。

(2006年1月)