イラクからの留学医師と交流して

第109回日本小児科学会学術集会参加報告
イラクからの留学医師と交流して
小児科の人達に誘われて小児科学会に参加してきました。目玉はイラクの子ども達の現状を伝える写真・絵画パネル展と,インフルエンザの予防・治療を巡る 問題を議論することでした。私はパネル展のお手伝いだけするつもりでしたが,長崎大学医学部で研修中のイラクのブハ・イーサン医師がパネル前でイラクの現 状について発表されることになり,その準備で急に忙しくなりました。長崎大学は唯一の被爆大学として活動を続けておられ,イラクからの研修受け入れに熱心 に取り組まれています。プレゼンテーションの通訳は同大学の森内教授が勤められました。
ポスター掲示場所はフロアの目立つところにあったのですが,急なことで何人聴きに来られるのか心配していました。ところが続々聴衆が集まり,立ち見でし たが最後まで熱心に聴き入っておられました。プレゼンの中身を簡単に紹介しますと,湾岸戦争の歴史とそれによる環境破壊・インフラ破壊,病院の物資不足・ 人員不足,治安の悪化(医師の誘拐,殺害を含む),看護師不足,外来の限られた医療資源と混雑(1医師が毎日80人以上診察。紹介制度が崩壊しているので 患者が直接病院に来る。),栄養不良の増加,感染症での死亡率の増加,ワクチン接種が進まない,小児癌発生率の増加(劣化ウランの影響が考えられる)など でした。
イーサン医師には,お疲れの様子でしたが夕食をご一緒していただきました。お誘いした時ちょっと躊躇されましたが理由はすぐに分かりました。宗教上の制 限もあり,ほとんど日本食に手をつけられなかったのです。主たる蛋白源は牛肉だが宗教的決まりに則った処理が前提で外国の牛肉は安易に食べれないそうで す。野菜は良いとのことでサラダだけ食べておられました。お酒もご法度。特に罰則があるわけではないが,神に対する不敬に当たるとのことでした。話の流れ で私達から宗教的対立について質問しました。「連合軍の侵攻前は宗派の違いなど気に留めていなかった。近所には色んな派の人々がいて仲良く暮らしていたし 結婚もしていた。今はまったく違う。占領が宗教対立をもたらした。」とおっしゃっていました。
医師がどうして誘拐されるのか?との質問には「家族に身代金を要求するのが目当てだ。しかし小児科医は貧乏だ(笑)」とのことでした。看護師が少ない理 由は「危なくて通院できないこと。家族は女性が看護婦として外で仕事をするのを好まない(看護婦は厳しくて賃金の安い仕事として社会的に冷遇されていると いう!)こと。」を挙げられました。最近は男子を看護師に養成する動きがあるとのことです。
続いて劣化ウラン問題をどう思うか質問しました。「劣化ウランはこの先何年にもわたって続くだろう深刻な問題である。しかし当面する問題は予防可能な病 気をいかに減らすかだ(栄養不良や感染症など)。」と明確に述べられました。私達もそう思うと答えました。これから先,戦争からの回復に向けてどのような 援助ができるのか深く考えさせられました。平和の内にイラクに旅行できる日が一日も早く来るようにと誓いあって夕食会を終わりました。
(2006年4月)