本「健康格差社会」近藤克則 著 医学書院

著者の第1のメッセージは,現在進められている新自由主義的構造改革がもたらす「勝ち組」と「負け組」に二極分化する格差社会が「死」をも意味する健康 被害をもたらすというものである。日本では1980年代以降生活保護受給者の増大(2004年生活保護受給世帯100万世帯突破),リストラとその結果と しての不安定雇用増大(2004年版労働経済白書では雇用労働者総数5300万人中不安定雇用1500万人)など,社会のあらゆる面で格差が拡大してい る。著者らの高齢者対象調査では,抑うつ群の割合では最低所得層と最高所得層の格差は女性で4.1倍,男性で6.9倍,要介護高齢者の割合では最高所得層 に対して最低所得層で5倍の格差があり,健康の不平等が明らかである。また,先進国でも社会経済状態が低いほど,冠動脈疾患や肺がん,気管支喘息死亡率, さらにうつ症状やアルコール依存,自殺や外傷も多くなることが示されている。
既婚者に比べて非婚者は死亡率が女性で5割,男性で2.5倍高いという研究がある。結婚は,情緒的サポートや経済的安定,同居人がいることを通じて健康 によいと説明される。逆に言えば,社会的孤立それ自体がストレッサーになり健康に悪影響を及ぼす。劣悪な社会経済的状態ほど,ネガティブな心理・認知状態 をもたらしやすく,それが身体的な不健康を招く,と社会疫学では説明している。
貧富の差が拡大すると,社会経済階層の低い層がさらされる心理・社会的ストレスが増大し,ソーシャル・キャピタル(社会構成員同士の相互信頼,連帯感と も言うべきもの)が切り崩される。さらに,教育や医療,社会保障などへの投資不足を通じて,貧富の差の拡大によって「負け組」だけでなく国民全体に不健康 がもたらされる。
社会疫学は,社会のありようを問い直し,必要なら所得の再分配機能を高めて経済格差の縮小を図ることも基本的枠組みとして含んでいる。社会構成員の相互信頼が豊かな地域ほど,住民の主観的健康感が高く,死亡率が低く,重要犯罪が少ないことが示されている。
したがって,臨床でも研究面でも,生物・心理・社会モデルへの視点変換は必要であり,健康教育などの個人レベルへの介入では限界があり,社会に介入する 政策が重要となる。社会経済的格差を縮小する政策に転換すれば,少なくとも経済的ストレスや将来の不安,雇用不安などから救われる人は確実に増える。格差 拡大社会では一人の「勝ち組」の背景に100人,1万人の負け組がいる。所得再分配で幸福になる人のほうが圧倒的に多い。健康に生きる権利は社会経済階層 にかかわらずすべての人に本来あるはずである。
本書は,「格差は当然」と居直り,障害者や高齢者にまで「自己責任」「自助努力」を求めてさらなる格差拡大を進める社会保障・医療構造改革への反論であり,住民や国民の連帯構築が社会を変革していくことを示唆している。一読をお勧めする。

(2006年5月)