禁煙補助薬ニコチネル

2006年4月1日実施の健康保険法の改正によりニコチン依存管理料が新設され,6月1日から禁煙補助薬ニコチネルTTS30,20,10が薬価基準に 収載された。算定要件として挙げられている,「禁煙治療のための標準手順書」(日本循環器学会,日本肺癌学会及び日本癌学会により作成)に則って12週間 にわたり計5回の禁煙治療を行うこととされているが,その中の標準治療プログラムの1.初回診察における治療内容として

1)喫煙状況,禁煙の準備性,TDSによる評価結果の確認,
2)喫煙状況とニコチン摂取量の客観的評価と結果説明,
3)禁煙開始日の決定
4)禁煙にあたっての問題点の把握とアドバイス,
5)ニコチン製剤の選択

と説明とされている。禁煙治療に役立つ帳票1には,禁煙の薬としてニコチンパッチとニコチンガムが紹介され,これらの禁煙補助薬を用いると,禁煙率が約2 倍高まるとれている。またⅤ.禁煙治療に役立つ資料2ニコチン製剤の使い方には表1としてニコチン代替療法の有効性に関するメタアナリシスとして禁煙率の オッズ比(95%信頼区間)が種類別(試験数)にガム1.66(1.52-1.81),パッチ1.81(1.63-2.02),鼻腔スプレー 2.35(1.63-3.38),インヘラー2.14(1.44-3.18),舌下錠・トローチ剤2.05(1.62-2.59),全体 1.77(1.66-1.88)(Silagy,2004)とある。

しかしながら,今回,薬価基準に収載されたニコチネルTTSの日本国内での臨床試験では,文献1によると試験開始8週後(ニコチネルTTS使用終了時) の禁煙率には有意差が認められたが,最終評価時(24週)ではニコチネルTTSはプラセボと比して有意差が認められなかった。文献2でも試験開始8週後 (ニコチネルTTS使用終了時)及び,最終評価時(24週)共にニコチネルTTSはプラセボと比して有意差が認められなかった。
コクランライブラリで検索語をsmoking,cessation,transdermalで検索したところ,Systematic Reviewsには,9件のニコチン代替療法の有効性に関するものがヒットした。9件のうち文献3が「禁煙治療のための標準手順書」にも「禁煙ガイドライ ンSmoking Cessation Guideline(JCS2005)」(文献4)にも引用されている。これがニコチン代替療法の禁煙効果に関する唯一の根拠のようである。

最近多くの学会からガイドラインが公表されているが,そのガイドラインの科学的な根拠に問題があり,製薬メーカーに都合のいい治療ガイドラインになって いるのではと指摘されることがある。その点では「禁煙ガイドラインSmoking Cessation Guideline(JCS2005)」には,禁煙治療の方法として「5Aアプローチ」(Ask, Advice,Assess,Assist,Arrange)という指導手順や,,禁煙の動機付けを強化するための「5つのR」(関連性 Relevance,リスクRisks,報酬Rewards,障害Roadblocks,反復Repetition)や,禁煙治療プログラム(個別指導, グループ学習,セルフヘルプ法)等に関して,それらのエビデンスのレベルが評価されており,薬物療法にのみ偏重しがちな日常診療の中で,禁煙指導のあり方 を示しているのではと考える。呼吸器疾患治療ガイドラインEBM医薬品・治療ガイドラインシリーズ4(文献5)のⅩⅩⅡ喫煙の評価と治療の冒頭に「禁煙の 支援は,おそらくほとんどの医療関係者ができる最も重要な〔医学的]介入である。喫煙は,オーストラリアにおける死亡と疾病の原因としての最も大きな唯一 の予防可能な因子である〔日本でも同じ〕...禁煙を支援することは有効であり,しかも費用/効果費が高いこ
とを示す明瞭な証拠がある。」と記されている。

しかしながらニコチン依存管理料に関しては,「喫煙は個人の好みの問題だ。その治療に保険を使うのはおかしい。」と中央社会保険医療協議会で一部の委員 からの指摘があり,2年後に効果など改めて検証するとされている。ニコチネルTTSの日本国内での悲観的な臨床試験結果を考えると,6月1日から禁煙補助 薬が収載されるのに合わせ,禁煙補助薬の処方のみで事たれりでは,医療協議会,厚生労働省の2年後見直しで良い結果が得られるとは思えない。禁煙指導のが んばり無しでは自由診療に戻されることも懸念される。

参考文献

1)喫煙関連疾患を有する喫煙者での禁煙補助薬Ba37142(Nicotine TTS)の臨床効果−
  多施設協同第Ⅲ相二重盲検比較試験−.臨床医薬 1994;10(8):1801-1830.
2)ニコチン依存喫煙者でのBa37142(Nicotine TTS)の臨床効果−多施設協同二重盲検比較試験−
  臨床医薬 1994;10(9):2023-2089.
3)C Silagy, T Lancaster, L Stead, D Mant, G Fowler: Nicotine replacement therapy
  for smoking cessation.[Review] The Cochrane Database of Systematic Reviews 2004, Issue 3.
4)禁煙ガイドラインSmoking Cessation Guideline(JCS2005) 循環器病の診断と治療に関する
  ガイドライン(2003-2004年度合同研究班報告)
5)呼吸器疾患治療ガイドラインEBM医薬品・治療ガイドラインシリーズ4

注)ニコチン依存管理料とは,

【対象患者】(以下のすべての要件を満たす者であること)
・ニコチン依存症に係るスクリーニングテスト(TDS)でニコチン依存症と診断されたものであること
・ブリンクマン指数(=1日の喫煙本数×喫煙年数)が200以上のものであること
・直ちに禁煙することを希望し,「禁煙治療のための標準手順書」に則った禁煙治療について説明を
 受け,当該治療を受けることを文書により同意している者であること
【施設基準】
・禁煙治療を行っている旨を医療機関内の見やすい場所に掲示していること
・禁煙治療の経験を有する医師が1名以上勤務していること
・禁煙治療に係る専任の看護職員を1名以上配置していること
・呼気一酸化炭素濃度測定器を備えていること
・医療機関の構内が禁煙であること
・本管理料を算定した患者のうち,禁煙を止めたものの割合等を地方社会保険事務局へ報告している
 こと
【算定要件】
入院中の患者以外に対し,「禁煙治療のための標準手順書」(日本循環器学会,日本肺癌学会及び日本
癌学会により作成)に則って12週間にわたり計5回の禁煙治療を行うこと
・初回算定日より1年を超えた日からでなければ,再度算定することはできないこととする
・治療管理の要点を診療録に記録すること

 上記,施設基準,算定要件を満たし,ニコチン依存症と診断された対象患者に以下のようなニコチン
 依存管理料
初回(1週目) 230点
2回目,3回目及び4回目(2週目,4週目及び8週目) 184点(×3)
5回目(最終回12週目) 180点,
計962点を算定できるというものである。