本「子どもの危機をどう見るか」尾木直樹 著 岩波新書

著者は1947年生まれで私と同世代である。22年間の中学・高校教師を経たのち,子育てと教育現場への調査に基づいて,「子どもの状況をめぐる環境 は,いまや危機的状況にあり」「すでに個別の学校や家庭の限界を越え,社会的病理現象とでも言えるような深刻な様相を呈している」「この状況をどうみるの か」「どこに打開の糸口を見つければよいのか」を発信している。
この書物は2000年8月に刊行されており,「まえがき」は1997年に神戸市で起きた「酒鬼薔薇聖斗」事件への言及から始まる。この事件や2000年 5月に発生した一連の「十七歳事件」に対して,「共感」を示す子ども達が少なくない事実は,「現代の社会に生きる多くの子どもたちが,凶悪事件を起こした 少年たちと同じような心境に置かれ,どこかに相通じる苦悩を抱えている」と指摘し,子どもたちに寄り添う姿勢での執筆である。
第一章では,今日の子どもの危機の典型的な現象である学級崩壊,「新しい荒れ」,いじめ,虐待の実態が明らかにされる。知っているようで知らなかった実 情に,自分が育った時代との差違の大きさを感じて驚く私であった。この部分を読むだけでも値打ちがあったなあと思っている。この危機の背景に何が潜んでい るかについては第二章で学校,教師,家庭,社会そして子どもという領域ごとに考察されている。第三章では,現状を打開し,大人と子どもの新たな関係性をい かにして築くべきなのかを「スクール・デモクラシーで学校再生を」とあるように教育評論家として,教育現場への提言が述べられている。
1983年の夏休み,小学1年生の娘は毎朝校区の端にあった自宅から一人とぼとぼ歩いて20分の学校での学童保育に通っていた。下の子を保育所に預けて 職場へと気持ちの急く私は大した心配・不安もなく,娘と道端で別れていた。今その事を思い出すとヒヤッとしてしまう自分を感じる。その頃意識せず抱いてい た地域社会への信頼・安心感をどう取り戻せばよいのかと思うとともに,現在子育てしながら働く女性のより一層の困難さに気持ちが沈む。本書の続編とも言え る「思春期の危機をどう見るか」(岩波新書)を読むにつけても,やはり日本の社会の有り様を少しずつでも変えていかなければと孫を思いつつ感じる。

(2006年6月)