本「発達障害の豊かな世界」杉山登志郎 編著 日本評論社

最近,本屋に行ってみると,子育て・教育コーナーには「広汎性発達障害」・「軽度発達障害」といった内容の本が目白押しである。相談機関は不安をもつ親 子であふれ予約は3年後とか。養護学校は少子化にもかかわらずパンク状態でマンモス化しているという。ブームというかある種の病的な社会現象が生じてい る。
アスペルガー症候群が全く話題になっていなかった10年ほど昔,名古屋の小学校で数千万円を家から持ち出し,友だちに取られたとする「いじめ事件」の報 道があり,金額の大きさに驚くとともにその子の対人関係の特徴からアスペルガー症候群というものに関心を抱くことになった。しばらくして参加した児童精神 医学会で,当事者の子どもたちによるセルフ・ヘルプ組織(アスペの会)の取り組みを知り,その子たちへの暖かい眼差しに感動した。その報告者が杉山登志郎 氏であった。氏は愛知県を中心に,日本での地道な自閉症研究を長く続けてきたグループのメンバーである。
本の内容は現時点でのほぼ最新の知見が網羅されている。幼児期の多動,かんしゃく,オウム返し,ことばの遅れなどの諸症状,思春期・青年期の対人・社会 関係の特徴や,成人当事者が自伝で述べた幼児期体験など具体的な事例を通した説明なので,DSM診断基準も理解しやすい。自閉症の医学的な知識として必要 な診断基準研究の歴史,疫学,遺伝学的背景,中枢神経系の病理なども整理されている。
更にこの本の特徴は,研究と経験に裏打ちされた実践的な内容が豊富なことである。成人において,作業能力よりも職場の人間関係で就労挫折したケースの分 析による就労支援の試み,学童期の「アスペの会」の運営経験,学校でのいじめ,非行,トラブルの発生消長など,参加した子ども達の成長過程の分析による家 庭・学校生活での理解・サポートの内容は大変参考になる。また,「生真面目さ」,「表現の奇抜さ」など彼らの特性が示す「才能」の意義もマイクロソフト社 のビル・ゲイツ氏を例に強調されている。
思春期の子どもあるいは青年による脈絡のない理解しがたい事件がマスコミにより興味本位に報道される中で,この子たちの特性に社会の目が向けられるよう になってはきたが,断片的な知識により「発達障害」を危険視した差別的な風潮がみられてきている。自閉症を知ることは,人類の歴史,文化,宗教,社会の理 解につながるものであり,発達障害の理解にはこの本の表題の通り「豊かな世界」がぴったりである。一読をお薦めする。

(2006年10月)