インフルエンザワクチンの高齢者に対する効果に関するコクランのシステマティックレビューが出ました

私は,このレビューを検討していますが,今の時点でおかしいところを指摘しておきます。このことは,コクランのレビューアーやエアウェイグループにも報告する予定です。
このレビューの結論は,一般の高齢者に対する接種は勧めないが,施設に長く入居している高齢者には接種する方がよい,となっています。確かに,これまで の多くの国での勧告などと比べると,一般高齢者住民にはほとんど効果を認めていない点で,それなりにデータに忠実かとも思います。
しかし,以下の点で,このレビューには疑問があります。
1.レビューアー達は,コホート研究ではワクチン接種者に有利な選択バイアス(ワクチンが有利になるような接種対象者の偏り)がかかることを認めながら,主にコホート研究の結果で結論を導いています。
コホート研究では,「ワクチンは全ての原因による死亡の危険性を44%低下させた。しかし,インフルエンザシーズンに入る前の期間には,ワクチンをした方が全ての原因による死亡の危険性を61%低下させたかのようになっていた」と,強い選択バイアスを認めているのです。
これは,私たちが日本のコホート研究を分析して学会に発表しているように,ワクチン接種者は,非接種者よりも,熱も出しにくい,病気も少ない,死亡しにくい人たちであったのとまるきり同じです。
2.したがって,インフルエンザワクチンの評価では,RCTでなければこのバイアスを克服できない事は明らかです。にもかかわらず,結論を出すのにRCTを軽視しています。
3.しかも,これが大変大事ですが,「インフルエンザワクチンは世界的に勧告されているので,RCTをすることはもはや倫理的に不可能」,としています。
これでは,すでに世界的に広がっている医療的介入なら,それが間違っていても,科学的な研究が出来ないことになります。介入試験ではRCTが最も科学的 なものであり,RCT以外の研究結果に重大な疑問があれば,厳密なRCTを実施するように勧告するのが,コクラン共同計画の基本的な考えであり,神髄であ ると思います。この点を,医薬ビジランスセミナーに参加されたクリストフ・コップ氏に確かめましたところ,彼も私と同意見でした。
コクランシステマティックレビューはこれまで気づかれてきた最良の厳密なルールによってなされています。このことによって,製薬会社やその他の非科学的 な圧力に抗して,科学的な結論を出しています。そうしないと,本当に患者に役立つ結論が得られないからです。そのための,努力が日々行われています。その 結論を,自己流のルールでレビューして批判しても科学的とは言えません。コクランの作り上げてきた科学性に依拠した批判をできればと考えています。

(2006年10月)