血圧を140/90未満に下げるべきというエビデンスはどこにあるのか

血圧を140/90未満に下げるべきというエビデンスはどこにあるのか
−高血圧ガイドライン2004の文献的再吟味−

今回の薬のコラムは学会で発表した内容を紹介します。
「高血圧ガイドライン2004」は,合併症のない人について,若年・中年者では降圧目標として130/85未満にし,高齢者においても最終降圧目標は 140/90未満にするという非常に厳しい基準になっています。その根拠については「脳血管障害や冠動脈疾患合併例ではJ型カーブ現象の報告もあるが,前 向きの大規模臨床試験では厳格な降圧が心血管病を抑制する可能性が示唆されている。」となっています。
J型カーブ現象というのは,血圧が高くなると死ぬ人が増えるが,適正な血圧よりも下げすぎると死亡者がかえって増えてしまう,こういう現象のことを言い ます。つまり下げすぎると余計に死ぬ,いうことです。前向き臨床模試験というのは治療方針を決める上で一番大切な試験です。降圧目標を示してくれる唯一の 試験で,一番厳密なのがRCTです。そこでガイドラインに引用されている文献を集め,本当にその文献が140/90未満の方がよいと示しているかどう か,J型カーブ現象はなかったのか,ということをチェックしました。

HOT研究では目標が3段階(90未満,85未満,80未満)。そして全死亡は低い目標群で多かったのです。つまりJ型カーブ現象が認められました。特に喫煙者では統計学的にも有意に80未満群が悪かったのです。
PROGRESS研究は,軽い脳卒中の発作がある人でした。降圧目標の段階的設定をしていませんでした。血圧は138/82まで下がりました。重大な脳 卒中の発生は防いだけども全死亡は治療群と対照群とで差がありませんでした。重要なことは,合併症のない,ただ単に血圧が高い人じゃなかったということで す。
HOPE研究は冠動脈疾患,脳卒中,糖尿病などをすでに持っている人が対象です。治療群の死亡率は下がっていましたが,これも合併症のある人です。
ALLHAT研究も降圧目標の段階的設定はしていません。利尿薬群とACE阻害群,カルシウム拮抗剤の3つの群に差はなかった。でも擬薬を飲ませた群はなかったので正味の予後の改善効果はこの研究からは出て来ません。

さらに高齢者に関する臨床試験をみてみました。日本のPATE研究では,130-139に下げた群に比べて,120未満の群で心血管の病気が多発しまし た。つまりJ型カーブ現象を認めました。SHEP研究でも拡張期血圧が下がりすぎると,脳卒中や心筋梗塞が増えると報告されています。収縮期血圧が 140,150,160の3群で比較したら,140群に脳卒中が一番多かったのです。高齢者のまとめの研究というのもありました。ランセット誌に1999 年に出ています。80歳以上の人を抜き出して行なった再解析です。服薬した人の全死亡は増加傾向で,特に二重目隠し法で試験しているもので有意に対照群の ほうがよかったのです。
結論として,ガイドラインが主張する降圧目標の壮年で130/85未満のエビデンスは存在しません。また高齢者で140/90未満は,かえって死ぬことが考えられるということです。
学会でこの事を発表したとき,反論らしい反論が無かったことに驚きました。どうも皆ガイドライン自体は読んでも引用されている文献まではチェックしてい ない様子でした。完全に信用しきっているのでしょうか? 今回の研究から引用文献をチェックする必要があることがわかりました。時間が無くても要約くらい は調べて,正確に引用されているか確認しないと,とんでもない間違いを起こす,ということであると思います。

(2006年11月)