本「児童虐待…現場からの提言」川崎二三彦 著 岩波新書

昨今,児童虐待の記事が新聞に載らない日は無いほどである。児童相談所が統計を取りはじめた1990年度の1101件を1とした場合,16年後の 2005年度は30倍以上の34451件となっており,前年度の33408件を1000件以上も上回る急増である。しかも虐待死は’99年以降,1週間に 1人の割合で出ていると報告されている。
虐待による子どもの死亡が報じられると「児童相談所は何をしていたのか!」「相談所は虐待予防には不十分だから,警察力を現場に導入するべき!」と言う 声は取り上げられても,児童虐待がなぜ起きるのか?なぜ急増しているのか?虐待をくい止めるためにどんな努力がなされているか?虐待を受けた子どもの受け 入れ先の現状はどうなっているのか?というような新聞記事の特集が組まれているだろうか?この問題は子ども達の育ちの環境・・・社会の有り様・仕組みを直 接浮かび上がらせるものであり,社会を成り立たせている自分自身の人権意識にも深く関わるものであるだけに,「お茶を濁す」ことにされていると考えるのは 穿った見方だろうか?

著者は児童相談所で児童心理・福祉司として30年余にわたり,「子どもと家族,彼らが生きる社会をみつめ,わが国における児童虐待問題の歴史を,その渦 中でつぶさに眺めて」きている。本書では,「児童福祉法」の改定に留まらず新法として「児童虐待防止法」が成立(2000年)となった過程への言及そして 「児童虐待とは何か?」から始めて,先に挙げたような問いに対して,著者自身の現場に根付いた仕事から著述する事によって応えている。
10年程前,児童相談所と共に事例検討を行なった事があった。その場で,相談所員の子どもの権利を擁護すべき立場の発想とは思えない発言に接して驚く共 に,児童相談所員は行政職の一部署として3年ぐらいで配置転換があることを知り「育ちの援助」という長いスパンの仕事なのに「行政はどう考えてるの!」と 憤慨した私であった。また最近の事例検討会では市町村の担当者がケースの親子に出会うこともなく参加しており落胆することがあった。「児童相談所はいま」 と題した第5章で,イギリスやフランスと較べても日本の「突出して」お粗末な児童福祉実施体制,遅れている専門性確保への施策のことなどを読むにつけて も,自殺にまで追い込まれる職員も出ている児童相談所をバッシングされるがままにしておいて,「何が美しい国や!教育基本法を子どもたちの基本的人権に背 を向けるべく変えようとするまえに行政者として,為すべき事がたくさんあるでしょ!」と言いたくなるのは,私だけではないと確信している。
この書物を通じて「怒り」を共有できたら心強いです。「婆ちゃん,頑張る」のスタイルで熟年の後半期に突入したく思っています。来年も共に踏ん張りましょう。

(2006年12月)