本「怖くて飲めない! 」レイ・モイニハン,アラン・カッセルズ 著 ヴィレッジブックス

この原本は2005年7月オーストラリアで刊行され,原題は「Selling Sickness (病気を売ること)」とあり,日本語版には副題「薬を売るために病気はつくられる」が付けられている。モイニハン(オーストラリア出身)は英国医学雑誌 (BMJ),ランセット誌,ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌などに記事を書く健康ライターで,カッセルズ(カナダ出身)は医薬品問題 に取り組む研究者兼ライターと紹介されている。
エピローグの「病気という商品の売り込み方」との見出しから始まって,
第一章「死の恐怖をあおって売り込む—-高コレステロール」,
第二章「患者数を多く見積もって売り込む—-うつ病」,
第三章「有名人を宣伝に使って売り込む—-更年期障害」
などの見出しは,読者の心を煽動する狙いがあると評する人が居るかもしれない。しかし,この著作が独断や偏見そしてフィクションではない事を明らかにする のは,各文章の末尾に付された出典番号である。第一章では69,第二章では70,第三章では51の引用があり,巻末には細かい文字の24頁にわたる膨大な 出典一覧が用意されている。二人の著者の「証拠に基づいた記述」をめざそうとする情熱と労苦が偲ばれる。
読み進むにつれて,見出しをセンセーショナルに感じた自分は「まさか,そこまでは〜」と見て見ぬふりをしたり,「知らぬが仏」の態を為していた事を思い 知る。プロローグに本書の目的は「薬物治療の市場拡大のために,ごく日常的に我々が経験することを医学的な病気に変えてしまおうとする業界の販売促進のや り方を暴くこと」と述べられている。「異常や障害の定義への業界の影響力について,そして新しい病気の市場を業界がつくりだす方法について,一般市民が もっと多くを知るようになれば,健康に関する合理的な議論ができるようになるだろう」と著者らは一般市民の力に期待している。
医療に携わっている自分をふりかえってみると,「患者団体と連携しての売り込み,検診を習慣づけての売り込み,政府機関を手なずけての売り込み,個人差 を異常と決めつけての売り込み」などに洗脳されずに処方しているか?と問われて,自信を持ってEBMを実践してきたとは正直言い切れない。「先輩を見習っ て」とか,「教科書や文献に書いていた」とか,「ガイドラインがこうなっている」とか言っても,本書のエピローグにあるように「薬の売上をよくするために 病気を売り込もうとしている販売促進キャンペーンの影響下で薬を処方している」ことになる現実を忘れてはならないと,つくづく思う。
またしてもタミフルによる薬害を生じさせた日本の医療を見つめなおす視点を持つためにも有意義な書物である。

(2007年4月)