本「EBM漢方 第2版」寺澤 捷年ら 編 医歯薬出版

恐ろしい本をみつけてしまいました。漢方薬のEBMという本です。このタイトルを初めて見たとき,「漢方にエビデンスがあるのか?」と,まず疑ってしま いました。というのも漢方については故高橋晄正先生が徹底した批判を展開されていて,とても本になるはずが無いと思っていたからです。高橋先生がどのよう な批判を展開されたか簡単に言うと,解剖・生理・病理学に基づかない「漢方」の理論は,とても人体のシミュレーションとは言えず,科学的根拠を持たないも のだと断定しておられます。

EBM漢方の序文には次のように書いています。
「医学教育のコア・カリキュラムの中に『和漢薬を概説できる』という一項目が記された・・・漢方製剤の質の高いエビデンスを構築することも急務となっている。それは『経験知』を『形式知』に置き換える作業であり・・・」
つまりエビデンスとは「形式知」だと言っているわけです。EBMという言葉は確かに日本でも広く知られるようになりました。しかし日本ではEBMとは「形 式」でしかないのです。「ランダム化」とか「エビデンスのレベル」とか,形さえ整っていれば良いんでしょ,というわけです。形式を整えるだけなら本にする ことは可能です。患者にとって何がベストかという話はしなくて済みます。

具体的な中身をいくつかご紹介しておきましょう。まず小柴胡湯から。
小柴胡湯は日本で慢性肝炎や肝硬変に沢山使われてきました。p.101に「肝硬変からの肝癌移行に対して漢方療法は効果があるか?」という章がありま す。ここではOkaらの論文を紹介し「1件のRCTにおいて,小柴胡湯は肝癌発生率を抑制し,生存率を増加させることが示された。エビデンスB」とされて います。ところが小柴胡湯と言えばインターフェロンとの併用で高率に間質性肺炎が発生することが判り,使用が激減したといういわくつきの薬剤です。今では 肝硬変や肝癌の患者には禁忌扱いとなっています。本書にはそれらの記載が全く無く,小さな文字で「使用禁忌となっている」と書いてあるのをやっとみつける ことが出来ただけでした。

p.438「気管支喘息に対して漢方療法は効果があるか?」の章では,柴朴湯とトラニラストとのランダム化比較試験が紹介され「・・・全般改善度で は,・・・12週では柴朴湯群で95.0%,対照群で73.7%と,柴朴湯群で有意に多かった。エビデンスB」となっています。ちょっと待ってください。 トラニラストが気管支喘息に良い効果をもたらすというエビデンスはありません。プラセボ群を対照としない本研究でエビデンスBと断定してしまうところがす ごい。トラニラストは膀胱炎の副作用が有名ですので,ターゲットのはっきりしない全般改善度で勝ったからと言って,プラゼボより良いとは言えないわけで す。

最後にp.183「肥満症に対して漢方療法は効果があるか?」防風通聖散を紹介しておきます。防風通聖散は「ナイシトール」などの商品名でメタボリッ ク・シンドロームに効くともてはやされ,売れに売れている薬剤でもあります。これはマオウなどを成分とする薬剤で,下剤の一種として用いられているもので す。平均BMI36.5という集団でのランダム化比較試験が紹介され,有意に体重が減少したとして,エビデンスのレベルAと記載されています。ちょっと 待ってください。「健康食品のすべて(同文書院 発行2006年)」によると,マオウは米国では一般に使用が禁止されている薬物です。1日32 mg以上摂取すると脳卒中の危険性が3倍以上になると報告されています。不整脈や頭痛,食欲不振,悪心,嘔吐などの副作用も報告されています。糖尿病,高 血圧症の人々への使用は許されていないのです。
どうも漢方は副作用を無視しているように思えます。「EBM漢方」を読むときには「健康食品のすべて」などと読み比べて,安全性を再確認する必要がありそうです。

(2007年7月)